言いかけ、はっとOlは気付きエレンをぐいと抱き寄せると魔力を奪う。空間がゆらりと揺れ、Olを中心に波紋の様に波が広がっていく。その波の範囲の魔力を全て認識する、探査魔術の一種だ。
これは鉛か!
Olは歯噛みした。探査魔術では、魔力を帯びた不審なものは全くなかった。全くだ。この世の全てのものはどんなものであれ、魔力を多少なり帯びる。しかし、その唯一の例外が鉛だ。
神から見捨てられた鉄、と呼ばれるこの金属は、一切の魔力を受け付けず、また同時に一切の魔術を受け付けない。鉛で出来た弾は、防御魔術で防げないのだ。
これが矢であれば、矢尻を鉛で作ったところで矢の胴体や矢羽で止まる。しかし、鉛の塊は全く影響を受けずに通り、しかも石より重く強い。鉄で出来た鎧の上からでも十分に人間を昏倒させる威力を持っている。
撤退を始める歩兵達を、騎兵が追撃する。全ての騎兵が人形のダミーではない。1/10ほどの数は本物の騎兵で、人形を負う馬を指揮し操っていたのだ。
恐るべきは、乗らずして馬を操るほどの騎兵と軍馬の錬度。そして、それを平気で囮として捨石に使う度胸だ。Olの奇襲は相手にとって誤算ではあったが、想定外ではなかったのだ。囮としての役割は十分に果たしたのだから。
馬鹿げているこれほどの騎兵を犠牲にして勝利を得るだと?
だが、このままでは歩兵が全滅しかねない。錬度はともかく、数の上ではOlの軍は大損害だ。ただでさえ数に劣るというのに、これ以上被害を拡大する訳には行かない。
ミオ。やれ
Olはミオに魔術で言葉を伝える。すぐさま、空を影が覆った。天高く飛ぶのは、飛竜や巨大な怪鳥ルク、グリフォンといった飛行能力に優れる大型の魔獣たち。彼らはそれぞれ、大きな岩をその足に抱えていた。
矢や投石は魔術で容易に防げる。しかし、大質量を持つ岩はそう簡単にはいかない。次々に投げ落とされる岩に潰され、敵の前線は瞬く間に総崩れとなった。
今だ、騎兵隊、突撃!
そのタイミングで、Olは今まで温存した騎兵隊を出す。投げ落とした岩のいくつかは敵の陣地ではなく落とし穴を埋め、橋をかける形となっている。そこを駆けぬけ、騎兵隊は敵の歩兵隊へと突っ込んだ。
投石器は原始的な武器ながら、弓と比べても遜色ない威力と射程を誇る。しかし、欠点が二つあった。
一つは、扱いが難しいこと。弓より遥かに長く厳しい訓練を積まないと、投石器はマトモに扱えない。
もう一つは、連射が効かないこと。弩ほどではないが、そうすぐに放てるものではない。
つまり、投石器を持った歩兵達は剣に関して言えば他の兵より錬度が低く、高速で突進してくる騎兵に対処できる武器ではない。100の騎兵達は敵の歩兵隊を瞬く間に蹂躙し、更に弓兵、魔術兵達に襲い掛かる。
後衛の援護をなくした事で元々数の少ない敵騎兵も優位をなくし、歩兵隊に包囲され、魔獣に噛み殺された。
どうやら、大勢は決した。じきに敵軍は撤退を始めるはずだ。Olはほっと息をつき、陣にすえられた椅子に座った。しかし、圧勝とはいえない。空を飛ぶ魔獣による投岩攻撃は、Olが用意していた切り札の一つだ。
侵攻にも防衛にも攻城にも使え、こちらにリスクはほとんどなく相手に大打撃を与えることが出来る。しかし、出来れば今回の戦いで使いたくは無かった。一度その手が知られれば、対策はそれほど困難なものではないからだ。
それに、相手の対応も相変わらず解せない。覇を狙うとなれば当然、グランディエラとの戦いは避けられない。だから、Olはウォルフ王の事も当然調べ上げている。
勇猛果敢で知られるウォルフ王の戦い方は単純にして豪快。知略や伏兵などはほとんど使わず常に先頭に立ち、その武力で敵を薙ぎ倒すのが彼の戦い方だったはずだ。
それは王本人が戦争の矢面に立たなくなってからも変わりなく部下へと受け継がれたはず。戦力を出し惜しみ、策略で勝ちを狙いにいく戦い方は彼らしくなく、それ以上に不可解だ。
考えあぐねるOlの思考を、凄まじい爆発音が遮った。
なんだ!?
我に返って視線を音のした方に向けると、前線で巨大な爆発が巻き起こり、兵士が数人、宙を舞っていた。
な爆裂の魔術か!? 魔術兵は何をやっている、対魔防御魔術で防げ!
や、やっております! ですが、アレは魔術ではございません!
伝令兵が悲鳴を上げる。
魔術は必ず、魔力で起こすものだ。であれば、どのように強力なものでも同じだけの魔力で干渉してやれば打ち消すことが出来る。それが対魔防御と呼ばれるものだ。
だが、魔力に拠らない同程度の攻撃を防ぐことは出来ない。どんな名剣より切れ味鋭い魔術を防げても、なまくら刀の一撃を完全に無効化する事はできない。それが防御魔術と言うものだ。が
魔術じゃない、だと!? 馬鹿を言うな、大型兵器もないのに、人間を吹き飛ばせるようなものが
あれは、剣戟だよ
ユニスの硬い声が、Olの怒声を遮る。
剣戟剣で、人間を、吹き飛ばしている!?
そんな事は、馬鹿力のオーガや巨人だろうと出来ることではない。ましてや、人間に出来るわけがない。
つまりは、人間ではない。その範疇から外れたものの偉業。
こんなに早く、出てくるなんて
ユニスは震える声で言った。
お兄様
第14話英雄を無残に殺しましょう-5
鉛の英雄ザイトリード。
一騎当万、億夫不当と形容される彼は、英雄王ウォルフの息子であり、自身も比類なき英雄であるにも拘らず、あまりその存在を知られてはいない。
それは彼が、父の様に戦に好んで出ることはなく、主に辺境での怪物退治や内乱鎮圧の任に就いていた事と、その身に受けた鉛の呪いによる。
すなわち、あらゆる魔術を受け付けず、あらゆる魔術を使うことができない。魔術が効かないとなれば一見便利に見えるが、効かないのは攻撃魔術だけではない。
傷を負っても回復魔術はおろか秘薬すら効かず、戦場に出ても伝達魔術による状況報告さえ出来ない。どんな奇跡が込められた名剣も彼が握れば鉄の塊になり、神の祝福も彼には通じない。
そして、その呪いは彼自身が己にかけたものだ。魔術を惰弱なものと斬り捨て、否定する。その愚直なまでの無骨さゆえに、彼は父王よりも武勇に秀でるといわれながらも、広く名を知られることなく辺境で戦い続けていたのだ。
両軍共に兵を引き、Olの陣へ悠々と足を進める彼を、兵達は固唾を飲んで見守った。全兵力を注ぎ込めば、或いは勝てるかもしれない。しかし、被害は甚大なものになる。今回は勝ててもそれ以降が続かない。それよりは、精鋭中の精鋭で対処する事をOlは選んだ。
ザイトリードは身の丈7フィート(約210cm)を越える偉丈夫だ。大剣と呼ぶにもまだ大きい、身長と同じほどの刃渡りを持つ巨大な剣を軽々と肩に担ぎ、分厚い胸当てと篭手、具足を身に着けている。
腕は大木の様に太く、巌の様にいかつい顔はあまりユニスには似ていないが、赤い髪と緑の瞳は妹と全く同じ色合いをしている。
貴様が、魔王Olか
ザイトリードはOlを見下ろし、低い声でそう言った。抑揚のない、感情を感じさせない声だ。
如何にも。お前が鉛の英雄ザイトリードか。噂に違わぬ豪腕だな
Olが言うと、ザイトリードはにこりともせず頷いた。
そうだ。俺はザイトリード・レイヴァン・ル・エラ・グランディエラ。妹が世話になったようだな
あっさりと真名を名乗り、ザイトリードはユニスに視線を動かした。彼女は剣を構え、じっとザイトリードを見つめている。
Olは試しに真名を利用して呪いをかけてみたが、全く効果がない。どんな魔術も通じないと言うのは嘘ではないようだ。
帰るぞ、ユニス
端的に言うザイトリードに、ユニスは剣を向ける。
お兄様わたくしは、お父様のなさることに賛同できません。異民族とは言え人は人、それを
ユニス
いつになく丁寧な口調で主張するユニスの言葉を、ザイトリードは遮り、言った。
お前の主張には興味がない。俺が受けた命令はただ一つ。お前を連れ戻せだ。否と言うなら、力づくでも連れて行く
望む、ところだぁっ!!
ユニスの手が爆炎を放つ。ザイトリードは僅かに目を細めるだけで、それを避けようとすらしない。爆炎は彼の肌に触れると、火傷一つつけることが出来ずに一瞬にして掻き消えてしまった。
しかし、炎で視界を遮っているその一瞬で、ユニスはザイトリードの死角に移動している。常人ならば目で追う事も出来ない程の速度で、彼女はザイトリードの肩に向かって剣を振り下ろした。
ギィン、と金属音が鳴り響き、ユニスの剣が弾かれる。ザイトリードはそこを一歩も動かず、篭手で彼女の剣を弾いていた。
まだこんな児戯に頼っているのか。魔術は所詮魔の術。世界を騙し捻じ曲げる、小賢しいだけの技だと何度も言っただろう
ザイトリードはその巨大な剣を振り上げ、言った。
真の力という物を見せてやる
ザイトリードが剣を振り下ろす。純粋な破壊の奔流が渦巻き、空間を裂いた。ただの鉄の塊であるはずのそれが大地を割り、亀裂を遥か彼方まで生じさせた。
ユニスは辛うじてその一撃をかわしたが、もし受けていれば剣だろうが鎧だろうが構わず真っ二つに両断されていただろう。
しかし、その程度で怯むユニスでもない。風の様に機敏に動き、まるで宙を舞うようにあらゆる方向から無数の斬撃を繰り出した。それに対し、ザイトリードは無駄のない動きで確実にフェイントを見抜き、攻撃を打ち払う。
それは凄まじいレベルでの攻防だった。本気を出したユニスの動きは、Olはおろかエレンですら捉えることができない。
それに対するザイトリードの動きは遅いが、遅ければ攻撃を当てられるなどと言う次元の話は超越している。速度を持たなくても攻撃を弾ける重さを持っているが故の遅さ、必要最小限にして未来を読むかのような先読みを持ってして完成された遅さだ。
援護の為に弓に番えられたエレンの矢は、とても飛ばすことが出来なかった。一騎当千の黒アールヴの腕を持ってしてなお届かぬ高みに、英雄と英雄の戦いは存在していた。
防戦に徹していたザイトリードが、一転して攻撃に転じる。ユニスはそれを左腕でいなし、剣を突き出した。
ザイトリードの大剣がユニスの左腕を引き裂いて血を迸らせ、ユニスの剣がザイトリードの胸元を浅く裂いて血を滲ませる。
剣の腕は互角。片方が攻撃を受ければ、その隙を突いてもう片方の攻撃も当たる。しかし、得物と体格の差は、絶望的なものだった。
ユニスはOlの胸より少し高い程度の、小さな少女だ。片や、ザイトリードは天を衝くような大男。扱う得物も軽い片手剣と重い大剣では、リーチの差は歴然としていた。
はあっ、はあっ、はあっ!
全身から血を滴らせ、肩で息をするユニス。
諦めろ。お前は俺には勝てん
淡々とザイトリードは言った。彼もまた無数の傷がついてはいるが、ユニスに比べればどれも浅く、血もほとんど出ていない。
確かにそうかも知れんな。だが、二対一ならばどうだ?
ユニスの傷を、Olの魔術が瞬く間に癒す。フィグリア城で兵達を相手にしたときとはわけが違う。敵はただ一人、魔力も豊富に用意してある。
下らん。そんなことで、勝てるつもりか
ザイトリードは剣をふるった。避けられるはずもなくOlの身体が両断されて、彼の姿は木で出来た元の形代に戻った。
言っただろう、魔術など児戯だと。そんな物で、俺には
では、これではどうだ
ザイトリードの言葉を遮り、Olが再び姿を現す。答えもせず、ザイトリードは剣を振り上げた。その隙を突いてユニスが駆け、剣を突き出す。ザイトリードは身体を捻ってそれをかわすが、切っ先が彼の身体を抉り、血を吹き上げた。
俺を攻撃すればその隙をユニスが突き、ユニスを攻撃すればその傷を俺が治す
傷を抑え、ユニスから距離を取るザイトリードの背後から、Olが姿を現す。
確かに児戯かも知れん。が、お前はこれに勝てるか?
更に別の方向から、Olが姿を現した。幻影ではない。幻影であれば、ザイトリードはすぐさまそれを看破する。どのようなものであれ、彼には魔術は通じないからだ。
それらは全て形代だった。形代はOl自身であり、同時にOlではない。目に見える範囲であれば、同時に複数個動かす事も可能だった。
さあ、比べるとしようか。お前の力が尽きるのが先か、形代が尽きるのが先か
Olはニヤリと笑みを見せた。
第14話英雄を無残に殺しましょう-6