とはいえ、敵軍は10万。3000でどうにかなる数ではない。ましてや相手は篭城を選んだ。

頼りにしているぞ、ローガン

おお。任せとけ、一撃で決めてやるよ

ローガンが笑みを見せて請け負う。今回の戦力は、ローガンとリルのみ。エレン達もミオも、迷宮の守備に回っている。

その顔で笑われるとキモい

うるせえな、俺だって好きでこんな顔してんじゃねえよ!

リルとローガンのやり取りを背に、Olは命じた。

全軍、突撃!

そして、死の行軍が、始まる。

来たか

彼方に魔王軍を臨み、ウォルフは呟く。現役時代の剣を携え、鎧に身を包んだその姿はまさしく叙事詩(サーガ)に謳われる英雄そのもの。漲る覇気が溢れ力に満ちたその姿に、兵達の士気も最高潮に達していた。

巨大な門は硬く閉ざされ、攻城級魔術でもそうたやすく破ることはできない。堅牢な兵の上には投石機(カタパルト)や石弓(バリスタ)と言った兵器が並べられ、その隙間を長弓を持った兵士達が埋めている。

射程距離に収まれば、すぐさまこれらは雨の様に矢玉を降らせ、門に辿り付く暇さえなく殲滅するだろう。10万対3000とはそういう数字だ。

こちらから討って出ぬから、落とし穴のような罠に引っかかる事もない。先の戦で見せた落石攻撃も、飛行魔術の使い手と射程に優れる弩兵隊を取り揃え、見つければすぐさま撃ち落す用意がある。

現実的に考えれば、ウォルフの勝ちは揺るがぬはずだ。それでもなお、彼はその予想を裏切る者を待ち望んでいた。Olが現れる、もう何年も前からだ。

そろそろ射程だ。全兵、構え!

ギリギリと投石機と石弓が引き絞られる。これらの射程はおよそ400ヤード(約360メートル)、長弓の倍以上の距離を攻撃できる。

今だ、撃てッ!

一斉に、無数の矢と石玉が宙を舞う。それとほぼ同時に、Olの軍は掻き消えた。

幻影か!? いや、転移か!

幻影を警戒するのは戦の初歩の初歩。ウォルフ配下の魔術兵が警戒していないわけがない。しかし、まさかこの距離になってからの転移があるとはさしものウォルフも思ってはいなかった。軍を転移などすれば、混乱は避けられぬ。また、ただ転移するだけでも相当の魔力を食うはずだ。ましてや、行軍しながら転移など正気の沙汰ではない。

陛下、敵はあそこに!

兵の報告に視線を移すと、魔王軍は元いた場所から100ヤードほど離れた場所に移動していた。ウォルフの軍が弓を構えていた方向からは側面、外壁から200ヤードの位置だ。ここまで近付かれると、兵器を使うのは少々苦しい。

弓兵、構えよ!

屈強な兵士達が、すぐさま長弓を構える。あれほどの大魔術を使った後だ。いかに魔王と言えども、弓を防ぐ魔力までは残っていまい。

そのウォルフの考えは、再度裏切られた。

陛下、敵の半分が更に転移しました!

なんだと!?

魔王軍の前半分、騎兵いや、半人半馬(ケンタウロス)の一団が更に転移し、外壁100ヤードまで近付いた。ただでさえ少ない軍を、更に半分に分けるとは。

後続の部隊を確実にしとめよ。馬どもは外壁で迎え撃つ!

弓兵達が、次々に魔王軍の後続部隊を狙い撃ち、矢を放ち始めた。屈強なトカゲ男(リザードマン)や巨人達はそれに全くひるむ事無く、じわじわと数を減じさせながらも外壁へと侵攻する。

接敵されました!

石を落とせ、焼けた油を食らわせてやれ!

王の命令に、兵士達は次々と石や焼けた油を城壁の上から投げ落とす。ケンタウロス達はそれに傷付きながらも、城壁への突進をやめない。

実は、城壁と言うのは門に比べれば魔術的防護は弱い。念入りに付与魔術をかけられた門に比べれば、城壁には何の魔力も篭っていないに等しい。

しかし、それでもレンガでできた城壁は堅牢だ。並大抵の攻撃では壊せないし、壊せたとしてもその穴は小さい。破壊すれば大軍団が通れる門とは違い、一人、二人が通れる穴をあけられたとしても戦術的意味は少ないのだ。

ただの無謀な特攻か? ウォルフがいぶかしんでいると、突然城壁が爆発し、巨大な穴がぽっかりと開いた。魔王軍の魔物たちはその穴から一斉に王都へと侵入してくる。仲間がどれだけ殺されても意に介した様子もない、凄まじい特攻だ。

その先陣を切る姿を見て、ウォルフは敵の狙いを悟った。確かに、Olがウォルフに勝つとすればそれしかあるまい。だが、そうだとしたら期待外れもいいところだ。

陛下! その、敵に

ザイトリードがいたのであろう

言いよどむ伝令兵の言葉を言い当ててやると、兵は驚いたようにウォルフの顔を見つめた。

大方、悪魔にでも死骸を操らせておるのだろう。城壁を砕いたのは奴だ

ウォルフは宝剣フラントを抜き放ち、怒声を上げた。

兵を引け。奴に知らしめてやる。本物の英雄がどのようなものであるか!

ウォルフは城壁を飛び降り、雄叫びを上げた。石壁までもがその声に震え上がり、ガタガタと鳴り響く。先攻してくる魔物どもにぶんと剣を振るうと、刃の届かぬ10ヤードも先まで魔物達は真っ二つに両断された。

そのままウォルフは風の様に駆ける。ウォルフはあっという間に己が息子の顔をした男の下へと辿り着いた。

そこな貴様。我が息子の身体を返してもらおうか

ザイトリードは、彼が一度も浮かべた事のない軽薄な笑みを返し、言った。

こんなに便利な体、そう簡単に返すわけにはいかねぇな。あ、幼女10人とだったら考えるぞ

下種が

吐き捨て、ウォルフは剣を構えた。生きていた頃の彼であれば、或いは本気で反旗を翻せばウォルフに勝ったかも知れない。しかし、死骸を操るだけの紛い物に負ける気はまるでしなかった。

ためしに戦ってみたい気もするけどな。残念ながら、今日の俺はただの配達業者だ

配達?

眉をひそめるウォルフの前に、琥珀色の髪の若い男が降り立った。

貴様が、魔王か

じろりとウォルフは彼を一瞥した。持っている魔力も、体つきも、まるで話にならない。ザイトリードが小物と断ずるのも無理はない、とウォルフは思った。

しかし、それと同時にその目を見て彼は確信する。

それは、目的の為に手段を選ばない者の目。狡猾さよりも、勇猛さよりもなお性質の悪い、純粋で強靭な意思の瞳だった。今までの人生で、ウォルフを追い詰めてきたのはこういった目の持ち主だった。

魔王よ。よもや、そこな悪魔が俺に勝てるとは思うてはおるまい。一体どんな手を用意した

ああ貴様であれば、勝てると信じているよ

Olの妙な物言いに、ウォルフは眉をひそめる。そんな彼に、Olは懐から金でできた冠を取り出した。

いくつもの宝石で飾られた、きらびやかな金の冠だ。

ウォルフよ。お前は英雄の中の英雄、王の中の王。何者にも勝る英雄王だ。そんなお前にこそ、この冠は相応しい

Olの掲げるそれを、ウォルフは受け取った。呪いの類どころか、魔力のかけらすら見られない。宝石は全て本物、土台は全て純金。単純な価値で言えばかなりのものであろうが、それにしてもこの場でウォルフに送る意味がわからない。

何だこれは?

毒だ

問うウォルフに、Olは端的に答えた。その言葉で、ウォルフは一つ心当たりに辿り着く。

貴様、これは、まさか!

これはこの国を滅ぼす毒。期待しているぞ、ウォルフ。お前の善戦を

ウォルフはOlを切り捨てるが、既に手遅れだ。受け取る受け取らないにかかわらず、ここまでこの冠を持ち込まれた時点で、ウォルフの負けは確定していた。

ザイトリードを操る悪魔の姿はいつの間にかない。目的を達し、Olの軍も次々に撤退を始めていた。

兵達が勝利に快哉を叫ぶが、これは勝利などではない。ウォルフは剣を握り締め、空を見上げた。

やってくるのだ。なくなった、大切な宝を求めて。

もっとも古く、もっとも力を持つ竜が。

第14話英雄を無残に殺しましょう-10

彼女の名前を知るものは、とうにいない。

神魔戦争と呼ばれる大戦が起こる更に昔、彼女はこの世に生を受けた。

数少ない仲間はその戦争で命を落とし、残った仲間も英雄との戦いで散っていった。残された中で、彼女はいつしか最も齢経たドラゴンと呼ばれるようになっていた。

全身をびっしりと覆ったトカゲのような姿に、後頭部から突き出た何本もの角。口にはずらりと牙が生えそろい、背中には蝙蝠のような翼が一対、生えている。

ドラゴンと言うと誰もが彼女のような姿を連想するが、実際はそうではない。狼のようなもの、獅子のようなもの、首を何本も生やしたもの、二対の翼を持つもの、翼を持たぬもの、様々だ。

そんな中、彼女だけは古来の伝承通りの姿。人の姿を取ることもなく、魔術を使う事もなく、ただその牙と鱗と炎とで、どのドラゴンよりも強く美しい。

それが彼女、今はただメトゥス(怖れ)とだけよばれる、最古にして最強の竜だった。

メトゥスはここ数百年、幸福で平和な暮らしを送っていた。彼女に戦いを挑もうなどという愚か者は英雄の中にすらおらず、たまに迷い込んでくる動物や魔物、人間を喰らいながら、数千年間溜め込んだ財宝の上でとぐろを巻いて眠る日々だ。

数千、数万に及ぶその財宝を、メトゥスは金貨の一枚に至るまで把握し、それを眺めては幸せに浸り、また夢の中に埋没する。たまに来る人間が持っている宝は、彼女にとっての何よりの喜びだった。

しかし、その喜びの為に人間を襲うような事はけしてない。彼女はただ一人、山の洞窟の中腹で、幸福な日々を過ごしながら終末の時を待っていればそれで満足だったのだ。

しかし、ある日彼女に転機が訪れた。冠が一つ、巣から無くなっていたのだ。彼女は血相を変え、巣の中を探し回った。しかし、冠は見つからず、代わりに三人の人間の臭いと一人のクドゥクの臭いをかぎつけた。

何者かが、彼女が眠っている間に宝を一つ盗み出したのだ。

彼女は怒り狂い、洞窟を飛び出した。外に出ると冠に付いた匂いははっきりと感じられ、その通りに彼女はまっすぐ空を飛んだ。数百年ぶりの外界を楽しむ余裕すらない。彼女の頭にあるのは宝を取り返す事と、それを盗んだ人間共を容赦なく滅ぼし、灰も残らぬほど燃やし尽くす事だけだった。

彼女は空を矢よりも早く駆け、あっという間に宝を持っているものを見つけ出した。それは盗んだ者の匂いとは別の匂いを持った人間だったが、彼女にとっては関係ない。自分の宝を持ち、人間であると言うだけで攻撃の対象となった。

一方、ウォルフは腹を決め、宝剣フラントを構えてメトゥスを迎え撃った。敵は神代から生きる竜の中の竜。勝っても負けても、これが人生最後の戦いになると彼は直感した。

者ども、退け! 民を避難させよ!

し、しかし、陛下!

俺に恥をかかせる気か

王の言葉に、兵達は涙を流し、敬礼してその場を去った。英雄と竜の一騎討ちは、古来より最も栄誉のある戦いの一つだ。

しかし、それがわかっていながらも、兵達は槍をとらずに入られなかった。己が主君の最期を、はっきりと予感したからだ。

ウォルフはふと、笑みを浮かべている自分に気が付いた。

そうだ。これだ。これこそが、我が最期に相応しい戦だ。

我が名はウォルフ。ウォルフディール・セヴラン・ル・エラ・グランディエラ一世!さあ、古き竜よ。いざ、尋常に勝負だ!

ウォルフは高らかに名乗りを上げ、宝剣を振るう。彼がまだ若い頃、巨人の英雄を一撃の下に屠った剣。しかしその一撃は、メトゥスの鱗にたやすくはじかれ、傷一つつけられない。

メトゥスは口から毒炎を吐き出し、ウォルフを襲う。毒炎はすぐさまウォルフ以外の全てを腐らせ、石を割り、誰も近づけぬ魔域を作り出した。兵士が迂闊にそこに近付けば、腕はすぐさま腐り落ち、毒に肺をやられて息絶えた。

英雄たるウォルフとて無事ではない。皮膚は爛れ、全身から血が噴出す。しかし、希代の英雄王はそれしきで怯みはしなかった。二度、三度鋭い一撃をメトゥスに叩きつけ、その額から緑色の血飛沫を散らせる。

その血もまた、猛毒であった。血が流れた大地は穴を穿ち、ウォルフの身体を焼く。金属でできた鎧はおろか、神に祝福された宝剣さえ刃がなまり、欠け落ちる。

両者の激しい戦闘は、三日三晩続けられた。そのあまりの激しさに、避難を終えた後も兵士達はいかなる手助けもできなかった。

四日目の朝、ついに勝敗は決した。

メトゥスは唯一鱗で守られぬその柔らかな腹を、財宝で鎧のように覆い守っていた。しかし、Olが盗み出した冠が守っていた部分だけ、ほんの僅か腹が露出していたのだ。

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