ザイトリードは嘆息し、大剣を地面に突き刺した。

英雄と英雄の戦いは、ユニスとOlの策略に軍配が上がった。

その場の誰もが、そう、思った。

ならば、本気を見せてやる

野獣の様な笑みを見せ、ザイトリードがそう言うまでは。

次の瞬間には、ユニスの身体は地面に叩きつけられていた。

衝撃で小さなクレーターが形作られ、土が辺りに飛び散る。

おおおおっ!!

ザイトリードは唸り声をあげてユニスの両脚を片手でつかむと、そのまま鞭でも振るうかのような動作で彼女を地面に何度もたたきつけた。そのたびに大地が割れ、土がえぐれ、血の混じった岩盤が飛び散った。

その間、Ol達は指先一つ動かすことが出来なかった。恐怖や驚きに支配されていたからではない。その動きが、あまりに速いものだったからだ。それは先ほどまでのユニスの動きをすら、圧倒的に越えていた。

英雄とは、この世界を捻じ伏せ、征服するものだ

頭から血をだらだらと流し、死んだように動かないユニスを腕にぶら下げて、ザイトリードはそう言った。

騙し掠め取るだけの魔術とは、格が違う。とは言え、俺の本気を引き出した事は誉めてやろう

大剣は、ザイトリードにとっては武器ではなく枷だった。重みを備えた武器であれば、その重み以上の力は出せない。硬さを備えた武器であれば、その硬さ以上の力は出せない。

その両の拳は、生半可な魔剣など遥かに凌駕する力を持つ、彼にとっての最強の武器だった。

褒美に、痛みなくあの世に送ってやる

Ol達に向かい、一歩踏み出すザイトリード。その脚を、ユニスが血塗れの腕で握り締めた。

だめ

まだ意識があるか流石は我が妹だな

ザイトリードは彼女の腕を振り解くと、もう一度地面にたたきつけた。

させ、ない

しかしそれでも、ユニスは彼の足に縋りつくようにして抱きしめる。ザイトリードの表情が、初めて苛立たしげに歪められた。

楽に死ぬ事もできないのは、英雄の性か

これ以上攻撃を続ければ、ユニスは死ぬ。しかし、死ぬまでいや、死んでも腕を離さないだろう。連れ帰るには殺しても良いといわれてはいるが、無論、殺さずに連れ帰れるならそれに越した事はない。ザイトリードは舌打ちし、Olを睨み付けた。

貴様の命、しばし預けておく。それまで、束の間の生を楽しんでおけ

ザイトリードはユニスと大剣を担ぎ上げると、来た時と同様に悠々と陣を後にした。

味方の兵の被害は約300。対して、敵兵の被害はおよそ1500。

数字だけを見れば圧勝と呼んで良い初陣は、しかし大きな被害を持って、終結した。

負けたか

どこか楽しげな音を含みながら、王はそう尋ねた。

伏兵はありましたが、落とし穴、そして高高度からの落石攻撃は予定にありませんでしたので。敗北と言って良いでしょう

その前に跪きながら、ザイトリードは報告した。

ウォルフらしくない、知略を用いた少数での戦いは言わば駒落ち戦のようなもの。全力で戦えば容易に相手を叩き潰してしまうウォルフが、あえて不得意とする知略という武器を手にする事で全力を出す事ができる。規模は違えど、この父子は同じ事をしていた。

しかしそれでも、ウォルフを敗北させるような相手は久しい。数年ぶりの出来事に彼は期待を寄せ、息子に尋ねた。

魔王に会ったといったな。どう思う

小物です。王が相手をする程の者ではありません

即答するザイトリードに、ウォルフはふむと唸る。

前情報のとおり、本人に戦闘能力はほとんどない様子。知略智謀であれば、あのキャスと言う女の方が上でしょう

魔物の軍はどうなのだ

フィグリアの弱兵どもよりはよほどの脅威ではあります。ですが、正面から当たれば我が軍の敵ではありません

ザイトリードがそう答えると、ウォルフは露骨に興味を失った。

ユニスは、現在治療と共に解呪を施しております

大して興味もなさそうにウォルフは相槌を打つ。

目を覚ましたなら、魔王を討たせよ

ウォルフの言葉に、ザイトリードは思わず顔を上げ、父であり、王である主君の顔を見上げた。

もしそれでまた魔王につくようであれば、その時は殺せ

王は表情一つ変えず、家畜の屠殺を命じる牧場主の様に淡々とそう言った。

しかし

お前も知っておろう。英雄がいかなるものであるか

表情の変化に乏しい無骨な顔を僅かに歪め、言い募ろうとするザイトリードをウォルフは重々しい口調で遮った。

他者の生き死になどと言う些事で心を歪めるな。お前は剣の腕では俺を凌ぐ。だが、その甘さは命取りとなるぞ

肝に銘じておきます

父王の言葉を苦々しい思いで受け止め、ザイトリードは王の部屋を後にした。

そのまま大股で王宮をずんずんと歩き、ユニスの部屋の扉を開ける。

お兄様

全身を包帯にまみれ、ユニスはベッドの上に半身を起こしていた。

すまなかった。身体はどうだ。大丈夫か。

頭に浮かんだ言葉をすべて飲み込み、ザイトリードは傍らの宰相に尋ねた。

解呪は上手く行ったか

は。万事滞りなく。妙な暗示も掛けられていたようでしたので、そちらもあわせて解除いたしました

宰相トスカンは慇懃に頭を下げた。

ユニス。お前に命が下った

感情を交えない声で、ザイトリードは妹に告げる。

魔王Olを討伐せよ

拝命いたしました

為せなかった場合は、俺がお前の首を刎ねる

以上だ

こくりと頷くユニスに、ザイトリードは踵を返し、部屋を立ち去る。

姫様ザイトリード殿下は

大丈夫だよ、トスカン

心配そうに声をかける宰相に、ユニスはにこりと微笑んだ。

あたしだって、ちゃんとわかってる。英雄がどういうものなのか。呪いや暗示を解いてくれたお陰で、頭もスッキリしたしね

ユニスは拳を握りしめる。呪いと暗示が解かれた今ならわかる。Olが彼女をどのように見ていたのか。

この傷は三日もあれば治るでしょう。決着を、つけてくるよ

御武運を

トスカンには、祈ることしか出来なかった。

今帰った

お帰りなさい

ザイトリードの外套と剣帯を受け取りながら、妻ヒルダはいつもの様ににっこりと微笑んだ。

お疲れのようね

ソファにどっかりと座りながら、ザイトリードは瞑目する。愛しい妹を死地に赴かせ、優しい声をかけてやることすら叶わない。悔いればキリはないが、しかしそれでも彼らは生き方をかえることが出来ない。それが、英雄と言うものだからだ。

ヒルダは何も言わず、何も聞かず、ただそっとザイトリードの頭を抱きしめた。剣の腕も魔術の才も何もない、平凡な娘。しかし、彼女の存在は何よりもザイトリードを癒してくれる。

心配することなど、何もないはずだ。ユニスがOlを殺し、凱旋する。ザイトリードには及ばぬとは言え、彼女もまた英雄の星の元に生まれた娘だ。小賢しい魔術師一人、倒せぬはずがない。

妻の身体をその腕の中にかき抱きながらも、しかし彼の不安は消える事はなかった。

第14話英雄を無残に殺しましょう-7

来てくれたんだね、Ol

ダンジョンの入り口から少し離れた、まばらに木の生えた林の中でユニスはOlを出迎えた。Olの隣には、リルとスピナだけがついてきている。しかし、木の中には恐らく伏兵が潜んでいるんだろう、ともユニスは直感した。黒アールヴ達が木の陰に隠れれば、それを見つけられるものなどこの世に存在しない。

わざわざ手紙を送って呼びつけておいて、それはないだろう

Olは懐から手紙を取り出し、手の中で燃やした。魔術の炎は一瞬にして手紙を焼き尽くす。その手紙は、村からの貢物に紛れ込んでいたものだった。

リルとスピナを連れて、この場所まで来いという内容の、簡素な手紙だ。

あたしが、Olと戦う気はないって言ったら、信じる?

ああ、信じる

ユニスの問いに、Olはこくりと頷いた。まさか肯定されるとは思わず、問うたユニスの方が驚いた。

ここで俺を殺しても意味がないからな。お前も知っているとおり、この身体は形代だ。リルやスピナも同様にな。戦わず、味方のふりをしてダンジョンに進入した後、戦わずして殺す。これが最上の手だな

ユニスは苦笑した。やはりOlは自分の予想の上を行く。直情的な彼女にはそんな作戦は思いつきもしなかった。

薄々ね。気付いてはいたんだはっきりとわかったのは、呪いや暗示を解いてもらった後のことだけど。Olが、色々あたしの事騙してたの、何と無く知ってた。竜の背の上で、あたしを突き落とそうとしてたのも

ユニスはOlに背を向け、そう言った。そうしながらも、彼女には攻撃する隙が一切ない。Olたち程度の動きであれば、気配だけで目を瞑っていても避けられる。だから当然、彼女はフィグリア城でのOlの不穏な気配にも、気付いていたのだ。

Olってさ。人間不信だけど、人間嫌いではないよね

くるりと振り返り、ユニスは唐突にそんな事を言い出した。

人間を信じてない人って、たくさんいる。あたしが今まで倒してきた邪悪な魔術師はそんな人ばっかりだったよ。裏切られて、誹られて、石を投げられて。世の中を憎み、人間を憎み、全てを憎んで滅ぼそうとする。捕らえた者は奴隷として扱い、奴隷が苦しんだり死んだりすることなんて全然気にも留めない。そういうのが、普通の邪悪なる魔術師でしょう。でも、Olは違った

随分過大評価してくれたものだな。そいつらは頭が悪いだけだ。奴隷であろうと、十全に働かせたいならある程度は優遇してやるのがもっとも効率が良い。ただそれだけだ

当たり前の様に答えるOlに、ユニスはこくりと頷く。

うん。それも、本心なんだろうね。でも、Olはやっぱり人間が嫌いじゃないんだよ。無駄に痛めつけたり、苦しませるのを喜んだりしない

英雄は魔王の瞳を、心の奥底を覗くかのように見つめた。

ねえ。何で君は、何も信用しないの?人も、魔物も、部下も、仲間も自分自身でさえも

何が、言いたい

呻くように答えるOlに、ユニスはくすりと笑った。彼の隣に立っていた時と、些かも変わらない笑顔で、

知りたいだけだよ。何で、Olがそうなったのかを。あたしの好きだった人の、過去を

真っ直ぐに、そう言った。

教えて、Ol。あなたが討つべき邪悪なのか、それとも仕えるべき王なのか。あたしにそして、あなたを本当に愛している人に、聞かせて欲しい

ユニス

リルが、思わず彼女の名を呼んだ。ただその話を聞かせるためだけに、彼女はリルとスピナを連れる様に指定したのだ。

俺が嘘をつくとは思わないのか? お涙頂戴の、作り話をするとは?

そこら辺は、あたし自身が判断するよ。っていうか、そうするならOlはわざわざ先にそんなこと言わないでしょ

ユニスの答えに、Olは嘆息した。

いいだろう。エレン、下がっていろ

了解した

どこからともなく言葉が木に反射して、闇にとけ、消える。Olは念入りに、魔術を持って彼女の気配を調べ、傍に誰もいないことを確認して話し始めた。

これはただの、事実の話だ。世にありふれているつまらぬ真実、ごく当然の成り行き。可哀想な子供の話でも、心に負った傷の話でもない。石が坂を転がるような、水が高き場所から低きに流れるような、単純な原理の話だ

そう前置きをし、Olは話を始めた。

今から70年ほど前のこと。プラエティという、今はもう影も形も残らぬ小さな国での話だ。当時プラエティはこのフィグリアと激しい戦争をしていた。俺はその戦で家族を亡くし、乞食をしていた。それを拾ったのがラズ俺の、魔術の師だ。彼女は俺に全てを与えた。知識、教養、家事、魔術、家庭の温かさや、愛情。親としての愛、家族としての愛、男女としての愛その全てをだ。彼女は俺の母であり、姉であり、親友であり、恋人だった。おい、リル、何て顔をしている

口をぽかんと開けて絶句するリルを、Olは思わずたしなめる。

え、あ、ご、ごめん。まさか、Olの口から愛なんて言葉が飛び出すなんて

煩い。黙って聞け

らしくない自覚はあるのか、Olは咳払いをして続けた。

ラズは兵器の開発をしていた。彼女は比類なき付与魔術の使い手、天才だった。彼女の作った兵器は千の兵を討ち滅ぼし、小国であるプラエティを辛うじてフィグリアと拮抗させていた。しかし、彼女は俺を拾ってから変わった。戦争孤児を見てどう思ったのかは、俺にはわからん。正直、彼女を恨んだ事など一度もないし、兵器の開発を止めてくれなどと思ったこともない。だがラズは、兵器の開発を止め、国を敵に回した。プラエティを窮地に追い込むばかりか、フィグリアと内通しているのではないか。そう、疑われたからだ

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