ウォルフはそこに剣を突き入れ、心臓を貫いた。メトゥスは暴れまわり毒炎を吐き散らしたがウォルフはひるまず、肩や胸を鋭い爪で引き裂かれながらも更に力を込めて剣を奥へと突き刺す。
メトゥスの動きは徐々に緩慢になり、そしてついに、数千年動き続けた心臓はその動きを止めた。
依然として毒炎で近づけず、伺う事すらできぬその領域に、魔王が一人、姿を現す。
感謝、する
ウォルフは、力を振り絞ってそういった。
我が力全身全霊を持って相対できる、最高の敵をずっと、俺は、待っていた
そんな事の為に、娘と息子を殺したのか
Olの問いに、ウォルフは自嘲染みた笑みを浮かべた。
貴様も、知っておろうわれらは、英雄などと持て囃されては、いるが所詮、天の奴隷よ死してなお、それは変わらぬ
英雄に試練が課せられるのは、魂を磨く為だ。
長く生きれば生きるほど、偉大であればあるほど、英雄には辛く過酷な試練が課せられる。そしてそれは、死ぬ時に最も顕著になる。試練は必ず英雄の大切なものを巻き込み、悲劇を持って死に至らしめる。
若きユニスは、愛を抱いて死んでいった。
ザイトリードは、愛する妻を殺し、自らも幻の中に没した。
そして、老年のウォルフは、愛する子と国民を何千と巻き込んで、ようやく死ねるのだ。
ならばせめて安らかな死を、と? それは貴様の自分勝手な思い込みだ
そうかも知れぬな
ウォルフは咳き込んだ。肺は奥まで毒でやられ、腐りきっている。この状態で生きているのが信じられないほどだ。
王よ魔を従えし王よ。俺もまた、王として頼むこの国を、どうか
ああ。悪いようにはせん。任せておけ
ウォルフはOlの言葉をすんなりと信じた。お互い、憎しみさえ抱く敵同士だ。しかしそこには、不思議な信頼のようなものがあった。
そして父として、頼む。娘を、どうか
そこまで言い、ウォルフは事切れた。
死ぬなら、最後まで言い切って死ね
Olの言葉は、誰にも届かず腐り果てて消えた。
認めるだと?
はい。それが前王の遺言にございます
恭しく頭を下げ、宰相トスカンはそう答えた。
もし自分を倒すものがあれば、それを王と認めよ、と
俺が倒したわけではない
ご尤もです。が、前王はウォルフ様は、そうは仰らないでしょう
トスカンは絶対の自信を持って言い切った。あの王であれば、そういうに決まっている。
知略如きに我が武が負けたであれば、それは敗北に他ならない、と
俺が憎いか
それはもう
トスカンは憎しみを隠しもせず、Olをにらみつけた。
我が主の仇、姫様の仇、殿下の仇。どれか一つでも殺すに値する憎しみが、三つも重なっておるのです。何度殺しても飽き足らぬほど、憎んでおります
国を盗られた事は仇に入らぬか
く、とOlは思わず笑いを漏らした。それほどまでに憎む相手に、前王の言葉によって忠義を誓う。一体どれほどの忠誠心が、この男にあると言うのか。
然様な物は、亡くなられた方々の命に比すればないも同然です
蘇らせる方法があると言ったら、どうする
お戯れを。死した英雄の魂は天に召し上げられ、蘇る事適わぬと申したのはあなた様ではございませんか
僅かに言いよどむトスカンに、Olは頷いた。
その通りだ。ならば、迎えに行けばいいだけの話だ
あっさりと答えるOlに、トスカンは目を瞬かせ、彼を見つめた。
迎えにと、申しますと?
決まっておろう
Olは空を指差し、当たり前のように言った。
次は、天を攻めるのだ
第15話阿鼻叫喚の地獄絵図を描きましょう-1
お師匠様! どうか、どうかお考え直しください!
ならん。これはもはや決定事項だ
縋りつくように懇願するスピナを、Olはバッサリと切り捨てた。
しかし、ラファニスに手を出してはならぬと言ったのは他ならぬお師匠様ではありませんか!
くどい。それは現在の話だ。戦力が整えばいずれは戦いを挑む。それが多少早くなるだけの話だ
戦力が整い次第、宗教国家ラファニスを攻める。そう宣言したOlに、スピナは真っ先に反対を口にした。口には出さないが、エレンやリルも賛成は出来ない。勝てない相手だと言ったのはOl本人なのだし、それ以上に攻める理由がユニスを取り戻す為だからだ。
死は、絶対的なものだ。死んですぐであれば、高度ではあるが蘇生の術はある。強い恨みや情念を遺したものが、霊魂となってこの世に留まることもある。
しかしそれでも、完全に死んだものが蘇ることはない。死の国へと赴き、妻を、子を取り戻そうとした逸話は幾つもあるが、それに成功したという話はついぞ聞かない。どれもが失敗するか、取り戻したとしてもその代わり果てた姿に驚き、恐れ、逃げ出すか食い殺されるといった話ばかりだ。
死した英雄が神々の末席に加わり天にいるからと言って、天を攻めてそれを取り戻すと言うOlの考えはあまりにも突飛で無謀なものに思えた。
これ以上話す事はない。お前は部屋で待機していろ
スピナを振り切り、手を伸ばす彼女を捨て置いてOlは迷宮の中を進む。リルはその横にそっと近付き、ずんずんと歩く彼に並んで飛びながらおずおずと話しかけた。
ねえ、Olスピナじゃないけど、私も上手く行くとは思えないよ今のOlは、なんていうかOlらしくない
らしくないだと?
Olは歩みを止め、リルを睨み付けた。
そんなに苛立って、感情的になってるなんて、Olらしくない。何でも冷静に計画を立てて、無駄な事なんて一切しないのがOlのやり方じゃない
知った風な口を聞くな
Olはリルの首をつかんで引き寄せた。
俺は何も変わってはおらん。元々目指していたのは、全てあらゆる物をこの手に収める絶対的な力だ
ギラついた目がリルの瞳を覗き込む。これは、初めて会った時の目だ、とリルは思い出した。
冷静沈着、慎重で堅実。そんなものは、この男の上辺、ほんの一面でしかないことをリルは思い出した。もし龍脈が見つからなければ。掘り当てることが出来なければ。思ったほどの魔力が得られなければ。ダンジョンコアが作れなければ。
ほんの少し、何かが失敗していただけで全てをふいにする様な事を、人生全てを賭けて行ってきた男なのだ。
しかし、それでも。Olの今の態度はおかしいと、リルは感じた。
あの時、さ
その光景は、リルの目にも今もなおはっきりと焼きついている。Olに口付け、ザイトリードに首を刎ねられたユニス。あの瞬間。
抱きとめてれば、ユニスは無事だったかもしれないって、そう思ってる?
そんなものは、ただの結果論だ
もしあの時、Olがユニスを信じていたら、素直に仲間として受け入れていたら、彼女は死ななかったかもしれない。そんな葛藤が、彼を苦しめているのではないかリルのそんな考えは、半分当たり、半分はずれていた。
俺の考えは変わらん。それを言うなら、あの時点でザイトリードを圧倒できるだけの戦力がこっちにあればよかっただけの話だ
口に出すことで多少落ち着いてきたらしく、Olはリルの首から手を離す。
どうもお前達は俺を暗愚か何かかと思っているようだな。言っておくが、俺は別にユニス一人の生死に拘っている訳ではないし、勝算のない戦いをする気もない。まだまだ戦力が足りんのはわかっておる。今すぐラファニスを攻めるわけではない
Olは踵を返し、リルに命じた。
会議室にエレンを呼べ。白アールヴの件で話があると伝えろ
ん。わかった
リルは頷き、彼の背中をしばし見つめた。多少平静を失っても、その根底はやはりOlのままだ。しかし、平静を失うこと自体、今までの彼にはなかったことでもある。
そして何より、ユニスの遺体は傷まないように魔術で厳重に保護され、今も彼女の部屋に安置されている。目の前で失ったユニスを、Olは愛していたと言う師、ラズと重ねてみているのだろうか。
そう想うたびに、リルの胸はちくりと針が刺さるかのような、不可解な痛みに襲われた。
お前は感謝されているらしいぞ
感謝?
開口一番、Olの放った言葉にエレンは首をかしげた。
金糸の如き髪と絹の如き肌を持つ麗しの姫、白アールヴのセレス。木肌の如き茶の髪と木の葉の如き緑の目を持つ勇猛なる森の民、イーヴァン。愛し合う二人はしかし、種族の壁に阻まれ結ばれることあたわず。しかしそこに襲い来るは邪悪にして獰猛なる黒アールヴ、人と白アールヴは手を取り合いてこれを撃破。互いの溝もそれ以来埋まり、今は力を合わせ一つの村を作り共に生きていると言う
ほう
エレンは薄く笑んだ。氷で出来たナイフの様な、酷薄で迫力のある笑みだ。いっそ怒り狂うよりも何倍も恐ろしい。
体のいいだしにされて悔しいのは配下の四人も同じだろうが、彼女達はむしろエレンの笑みを恐れて身を竦ませた。
酷いです! 目に物見せてあげましょう!
そんな彼女に臆することなく声を張り上げたのはミオだった。Olからしてみれば、先に手を出したのはエレン達なのだから自業自得と言う気もしないでもないが、すっかりエレン達に肩入れしているミオにとってはそうではないらしい。
ああ、ミオ。我が友よ。復讐に手を貸してくれると言うのか?
勿論ですよ。エレンさんの敵は私の敵です
きっぱりと言い放つミオ。いつの間にやらすっかり仲良くなったらしい。以前は見えたエレン達に対する気後れの様なものもすっかり消え、気安く対等に言葉を交わしている。
ですが、敵は精強。我が黒の氏族の全力をもってしても敵わなかった相手。如何にして戦いましょう?
エレンの配下の問いに、Olは頷く。
人間どもや妖魔の兵を出してもいいが、ミオが力を貸すなら話は早い。お前達が了承するなら労せず勝ちうる方法が一つある
その方法とは?
問うエレンに、Olはニヤリと笑みを見せ、言った。
焼き討ちだ
第15話阿鼻叫喚の地獄絵図を描きましょう-2
それはまさに地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だった。
ははははは! 燃えろ、燃えろッ!
普段の小気味良いサッパリとした気性は完全に鳴りを潜め、残忍さを隠す様子もなくエレンは次々と火矢を射掛ける。
今よ、皆。火を吹きかけなさい!
ミオが地獄の猟犬どもを操り、火炎の吐息で瞬く間に木々に炎を燃え移らせていく。
森の民と白アールヴ達はその攻勢に抗うことも出来ず、ただ逃げ惑うのみだった。炎の光と吹き上げる上昇気流で矢は狙いもつけられず、まともに飛びもしない。木々を操り動物の声を聞く白アールヴの魔術も、あらゆる植物が燃え、相手が地獄の魔獣では何の役にも立たなかった。
しかし主殿、いいのか? 白アールヴは生け捕りにせよとの事だったが、この火の手では助からんぞ
一通り矢をかけ終えて満足したのか、エレンはふとOlに尋ねた。
問題ない。火は奴らの村を囲むようにつけているが、一箇所だけ逃げられるように空いている。そこから無事逃げるだろう
もっとも、その先こそが本当の地獄だが、とOlは付け加えた。
本当の地獄とは?
ローガンを配している
なるほど、悪魔が待ち構えているならそれは地獄だ、とエレンは納得した。
鉛の英雄ザイトリードの死体に取り付いたローガンはOlの配下の中でも飛びぬけた強さを持つ随一の戦士となった。
魔術を受け付けぬ鉛の呪いは解けているが、高位の悪魔であるローガンはそもそも生半可な魔術を受け付けない。それなのに、ザイトリードとは違って炎を操ったり空を飛んだりする魔術めいた能力は使う事が出来る。
また、生前のザイトリードが持っていた非常識な膂力はほとんどそのまま。堅牢な城壁を一撃で吹き飛ばす程の破壊力をただの拳が備えているのだから恐れ入る。
出口でそんなものに居座られていては、白アールヴ達の命運も尽きたことだろう。
エレンがそう考え、溜飲を下げたその時、彼女の頬を矢が掠めた。
やはり来たか。貴様らは来るのではないかと思っていたぞ。森の民、そして白き姫君よ!
エレンは流れ出る血をぺろりと舐め、こちらを睨みつける一組の男女を見て笑みを浮かべた。
そちらこそやはり生きていたのですね。黒き女帝、エレン!
そういい、エレンを睨みつけるのは噂に違わぬ美貌の持ち主、白アールヴのセレス。すらりとした長身に小さな顔、高貴さを感じさせるその出で立ちは炎の中、煤に塗れてもいささかの陰りも見て取れなかった。
二度に渡り我らが村を襲ったその咎。今度こそ、お前の死を持って償わせてくれる
その隣で弓を構えるのは、森の民イーヴァン。つばの広い羽根付き帽子を目深にかぶるその奥から、鷹の様に鋭い緑の眼差しがエレンを射抜いていた。