森の妖精アールヴのうち、森の恵みや安らぎなど明るい面を司る白アールヴの姫君。黒アールヴの長エレンに匹敵するほどの弓と魔術の腕を持ち、そのほっそりとした外見からは想像もつかないほどの強さを誇る。また、魔力貯蔵量は黒アールヴを上回る。
白アールヴと森の民
セレスの配下とその盟友の森の民達。いずれも劣らぬ弓の名手で、アールヴはそれに加え魔術も使うことが出来る。エレン配下の黒アールヴに比べれば一歩、エレンやセレスに比べると二歩ほど劣る実力だが、その分数によって圧倒する。
サキュバス
女性型の淫魔。基本的にはリルと同程度の能力を持つ。
レッサーデーモン
追加で呼ばれたレッサーデーモン達。ザイトリードに入っていないローガンと同じ程度の実力を持つが、その外見、能力は様々。ショタコン、スカトロジスト、ズーフィリアなど性癖も様々。
瘴気はいよいよ濃くなり、訓練を積んだ人間でなければ低階層では動く事もできず悪魔や悪霊は何の負担もなく出歩けるほどに。死体は迷宮内どころか迷宮入り口付近でもしかるべき処置をしなければアンデッドとして歩き回るレベル。悪名はとどろき、よほど田舎でない限りは魔王の名を聞いて震えぬものはいない。吟遊詩人はこぞってその逸話を歌い、特にウォルフ王の最期は長く人気の叙事詩の一つとなる。
第16話 愚かなる者を制裁しましょう-1
ずいぶん、寂しくなっちゃったね
行き交う雑踏を見つめながら、リルはぼんやりとそう呟いた。
スピナが姿をくらませて、何ヶ月経っただろうか。
彼女の行方はようとして知れず、その真意も不明なまま、Olも捜索を打ち切っていた。
彼女にかけた呪いは無理に解こうとすれば彼女自身の命が危ぶまれる類のもので、迷宮の秘密を他人に漏らすことはまずできない。かといって、彼女本人に迷宮を踏破するほどの実力もない。
その才能と今まで魔術を教えた労力は勿体無いところだが、彼女が特定の仕事に従事していたわけでもなく、いなくても迷宮は回る。
そう説明し、スピナの行方を捜すことを諦めたOlだが、リルには彼がスピナを巻き込まないよう配慮しているようにも見えた。
その数ヶ月のうちにOlの軍は近隣の小国を少しずつ飲み込み、白アールヴ達の国を落とした所でエレン達は地上へと旅立っていった。元々、白アールヴを倒すまでの協力関係だ。彼女達には若干劣るとはいえ、白アールヴ達の精兵が何十人と手に入ったから戦力的には問題ない。
しかし、Olは重用していた彼女達をあっさりと手放し、更に別れを惜しんでいたミオまで一緒についていけと見送った。ミオはどうするか悩んでいたようだったが、結局エレンについていった。こちらも彼女が家畜や魔獣たちの世話の仕方を仕込んだ娘やインプ達が何匹もいるので仕事には問題ないが、見知った顔がどんどん減っていく事にリルは寂しさとともに言い知れない焦燥感を覚えていた。
戦力は増えている。いくつも国を落とし、奴隷や魔物を増やし、洗脳した娘達も多い。しかしOlは、以前のように一人一人名前を覚え近くに置くという事はしなくなっていた。セレス以下のアールヴや森の民の女達はもはや大半がOlに忠誠を誓うようになっているが、リルはその娘達の名前を知らない。
ウィキアやナジャ、ShalにFaro達冒険者の娘達はそういった新しく増えた部下の管理をするのに手一杯で、あまり顔を見なくなった。ローガンも、新しく呼び出されたレッサーデーモン達の取り纏めとして迷宮の警護に当たっている。
変わらずにOlの傍にいるのはリルと、スピナがいなくなってから彼にべったりと張り付くようになったマリーだけ。勢力を広げ、部下を増やせば増やすほどOlは孤独になっていくかのようで、リルは彼をぎゅっと後ろから抱きしめた。
何を馬鹿な事を言っている。人は増え、仕事も増えた。この時の為にお前を召喚したのだ。もっとしっかりと働け
その腕をぐいと引き剥がし、老魔術師は背中越しにそう命じた。
はあい
忠実な使い魔は生返事をし、迷宮の管理をする為に部下に報告を命じる。男を陥落させるために新しく呼んだサキュバス達は、いまやリルの部下だ。
しかし、彼女達とリルは何かが決定的に違った。命じた事は絶対に違えないし、忠実に働く。しかし彼女達はOlを信頼してなどいないし、Olもまた彼女達をただの労働力としてしか見ていない。
本来、悪魔とはそういうものだ。異常なのはリルの方で、この感傷も、Olに抱く想いも、何もかもが悪魔らしくない。
勿論悪魔にだって個性はあり、それぞれに性格の偏りはある。リルは自分のこの特徴を今まで、その偏りの一種だと思っていた。
しかしやはり、他のサキュバス達と自分は何かが決定的に違うように思えてならない。魔界にいた頃は感じさえしなかった違和感を、リルは日に日に強く感じるようになっていた。
じゃあリムとラルは第三階層の魔獣達の様子見、シルケとスーリヤは第四階層、ロリカとナナイは第一、第二階層の見回りを
リルが部下に指示をしている時に、それは起こった。
突如迷宮内を照らしている明かりが赤く明滅し、巨大蟻の警告音のような金属質のけたたましい音が辺りに鳴り響く。この音を、リルはかつて一度だけ聞いたことがあった。
彼女は古い記憶を呼び起こす。そう、アレは確か初めてユニスに会ったときの事だ。今では、第四、第五階層への侵入者があった時の合図となっている。
シャイア! 最近、有力な冒険者はいないって言ってたよね!?
第三階層を抜けたのもいないよ
淡々とサキュバスの一人が答える。その表情に焦った様子は微塵も見られなかった。彼女にとって大事なのは報酬である魔力がしっかりと支払われるかどうかで、Olが死ぬなり魔力が枯渇するなりしたらさっさと魔界に帰るだけでいい。そういう認識だ。
リルは目を閉じ、第三階層の見回りをしている部下に魔術で現場の様子を問い合わせる。返ってきた答えは異常なしだった。
Ol、侵入者! だけど、なんか様子がおかしいの。第三階層を誰も突破してない!
リルは急いでOlに報告する。彼はちょうど中央広場で、水を通してダンジョンコアにアクセスし迷宮内を見通しているようだった。
そのようだな。これは冒険者の侵入ではない
難しい表情をしながら、Olは虚空を見つめた。
第四階層の外郭が突破されている。コボルトだな
外郭と言うのは迷宮の最端部、周囲を支える壁の事だ。迷宮の重みを支え、進入を防ぐ為に特に厚く堅牢な壁が作られている。そこを、外から坑道を掘ってコボルト達に突破された。
コボルト? 巣がたまたまうちの迷宮に当たっちゃったとか?
リルの問いに、Olは首を横に振る。
コボルトは鉱山の妖精。坑道を掘るのは得意だが、地下深くに巣を作ったりはしない。これは明らかに、人為的な操作だ
Olは険しい表情でリルに視線を移し、言った。
別の魔王の侵攻だ
別のってどうするの!?ウィキア達を向かわせる?
いや、それはリスクが大きすぎる。こういうときの対策も想定はしてある、落ち着け
想定してんの!?
驚きに声を張り上げるリルに、Olは煩いといわんばかりに顔をしかめた。
自分がしている事を他人はしないと思うのは愚か者だ。当然、俺以外の誰かが同様のダンジョンを作った場合の想定もしておる
Olはリルを連れて召喚の間へと向かうと、短く呪文を唱える。魔法陣が光り輝き、目的のものを呼び覚ますと一斉に羽音がけたたましく鳴り響いた。
まずはこいつらで偵察を行う
Olが呼び出したのは、大量のジャイアントフライの群れだった。
ジャイアントフライは元々、ただの死骸に湧いた蝿が迷宮の濃密な魔力に触れるうちに巨大化したものだ。迷宮内に転がる死体をすぐに食べ土に還す役割と、ゴブリンやコボルトといった最底辺の妖魔達の餌になるのが迷宮の生態系での主な役割だ。
しかし、こういった場合にはその行動範囲の広さとコストの低さ、自由自在に闇を飛び回る機動能力から優れた斥候ともなる。Olは蝿の一匹に支配の魔術をかけると、敵が外郭に開けた穴へと向けて蝿達を送り込んだ。掘られたばかりの敵の坑道には転移避けの結界が張られていないので、構造が把握できている部分であれば簡単に転移できる。
蝿達はすぐさま、自分達の餌や苗床となる死骸を探して坑道を飛び始めた。そのうちの一匹をOlは魔術で操り、その視界を共有する。
リル、中央広場で敵の侵攻を把握しながら、ウィキア達に情報を中継して防衛に当たれ。他の外郭も破られないとは限らん
複眼で区切られた世界を幻視しながら、Olは傍にいるはずのリルに命じた。
肯定の言葉が返り、彼女の気配が遠ざかるのを確認してOlは蝿の感覚への没入度を深める。
巨蝿の見る世界は、人間のそれよりもはるかに広い。蝿自身が1フィート(約30cm)程度と小さいせいもあるが、それよりもその複眼が捉える範囲はほとんど360度に近い。周囲全体を見回せるその視界は慣れないと混乱してしまうが、一旦慣れれば縦横無尽に宙を飛ぶことが出来た。
襲い掛かってくるコボルト達を避けながら坑道を進んでいくと、Olは案の定見慣れた紋様を壁に発見した。
龍脈を流れる魔力を、中央のダンジョンコアに運び入れる為の魔術刻印だ。このダンジョンの主はやはり、ただの竜やたまたまOlの迷宮を掘り当てただけの魔術師ではない。
しかし、同時にOlは首を捻る。ダンジョンコアは、Olの研究の集大成。研究過程はとっくに処分し、もはや彼の頭の中にしかない。リルにはああは言ったが、Ol以外にコアを作り上げられるものなど想像がつかない。
かといって、単純に魔力を中心に集めるだけでは意味がない。人間も妖魔も、そんな濃密な魔力の只中にいてはすぐに魔力に当てられて死んでしまうから利用するどころではない。完全に魔力を遮断し、自由に取り出せるダンジョンコアがあるからこそのOlの迷宮だ。
とにかく中心を見つけねばなるまい、とOlは蝿達を分散させた。魔術刻印の流れから中央の方角はおおよそ見当はつくが、迷宮の道筋がそのとおりに走っているとは限らない。むしろ、Olの迷宮を模倣しているならそれに従えば必ず迷うように出来ているはずだ。
そんな迷宮に対して有効な方法はただ一つ。冒険者達が行っている手法つまりは、人海戦術だ。
Olの迷宮の魔力をたっぷり含んだ巨蝿達は、一種の結界として作用する。巨蝿が移動し見回った部分にはその結界が張られ、リルのいる中央広場の噴水に地図として映し出すことが出来る。リルはその地図を見ながら敵の侵攻を予測し、魔術でウィキア達と連絡を取りながら防衛に当たった。
幸運な事に、敵の手札はそれほど大したことがないようだった。送られてくるのはコボルトやゴブリン、精々がオーガといった、Olの迷宮で言えば第一階層にいる妖魔達がメインだ。
とは言え、相手がダンジョンから攻めてくる以上は油断は出来ない。どんなに戦力で圧倒できても、ダンジョンコアを破壊されればそれまでだ。敵はコボルトで坑道を掘る事が出来るから、どこから襲撃してくるか直前までわからない。
逆に言うと、Olが敵を倒すには相手のコアを破壊すればいい。何らかの呪具か、それとも魔術師自身か。何にせよ、全てのダンジョンには必ず核となる何かが存在する。それを突き止め破壊するのが、もっとも効率の良い攻略方法だ。
敵をかわしながら迷宮を進み、殺されれば別の蝿に乗り換えながら、Olはふと奇妙な予感を感じた。迷宮の中心部の方向に覚えがあったのだ。
Olはその記憶を頼りに進路を変える。それは、以前軍師のキャスがOlを罠に嵌めた方向だった。何者かが偶然に龍脈を掘り当てたのかと思っていたが、あの場所であれば確実に龍脈が通っている事が判明している。魔力を抜き出していた鉄管は撤去したが、その場所自体を再利用したのだろう。
そして、そこを知るものはさほど多くない。キャスや兵士達を殺した今、知っているのはOlの身内だけだ。半ば確信を深めて奥へとたどり着いたOlが目にしたのは、まるで心臓の様に脈打つ巨大なスライムだった。
目にすると同時にスライムの表面から触手の様に腕が伸び、Olの視界が途切れる。蝿との接続を強引に断ち切られたらしい。
スピナか
己の身体に戻ったOlは、苦々しく呟いた。
第16話 愚かなる者を制裁しましょう-2
スピナの仕業ぁ!?
恐らく間違いないだろう