もう、何やってんのあの子

リルは額を手で抑えてため息をついた。裏切り、というより無理やりOlを止めるつもりなのだろう、と彼女はすぐに思い当たる。いなくなる直前、彼女は熱心にOlにラファニスに戦争を仕掛ける事を止めていた。

Olの無茶を止めておいて、そのOlよりよっぽど無茶するよね、あの子は

らしいといえばこの上なくスピナらしいが、これは幾らなんでもやりすぎだ。

それでどうするの?

道は大体わかったからな。侵攻を始める。問題は、あのスライムをどうするかだが

あれは恐らく以前スピナが作った魔喰いスライムの改良型だろう。雨の届かない迷宮内で大量の水を用意するのは中々難しい。それ以前に、前と同様に水に弱いという確証もない。

何にも効かない無敵のスライムとか言う事はないの?

スピナならそんなものも作りかねない、と不安げに言うリルに、Olは首を横に振る。

そんなものは原理的に作り出せん。どれだけバランスをとっても、何かを喰うようにすればその歪みで必ず何かに弱くなる。その設定とて、自由自在に出来る訳ではない。ある程度の選択肢の中から選ぶしかないはずだ

うーん、と考え込み、リルはふと思いついて指を立てた。

っていうか、スピナに直接聞いた方が早いんじゃない?

お前はまた適当な事を

仮にも敵対して奇襲をかけて来た相手が素直に喋る訳がないだろうが、とOlは嘆息する。しかし、スライムを何とかするよりもスピナを何とかする方が楽そうなのは確かだ。

まあ良い。とりあえずはその路線でいくか

え、なら何で私今叱られたの?

釈然としない表情を浮かべるリルを捨て置き、Olは侵攻の為の準備を始めた。

ダンジョンからダンジョンへと侵攻するのは、冒険者達がダンジョンを攻略するのとは少々勝手が異なる。ダンジョンの主にとって、己の迷宮と言うのは自らの身体に等しい。その中で起こっている事は大体把握できるし、逆に何が起こるかは大体制御できる。

つまり、ダンジョン対ダンジョンの戦いとはすなわち、お互いの領土の奪い合い。身体の食い合いに等しい。それは国家間の戦争や、ダンジョン探索の様なお上品な戦いとはまるで異なる。

よし、陣を敷け! 壁を打ち壊せ!

ヘルハウンド達がオークの群れを食い殺し、血と脳漿の飛び散った一室でOlはそこに結界を張る。コボルトとインプ達が次々に壁面にツルハシを叩きつけ、あっという間に壁を破壊する。

わざわざ迷宮を彷徨い、敵を倒して進む必要などない。壁や床を破壊し打ち抜き一直線に中心部へと向かえばいい。それが、ダンジョンマスター同士の戦いと言うものだ。

Olはオークたちの死骸を集め、その血を持って魔法陣を描く。Olの迷宮には結界がくまなく敷かれており、転移は出来ない。しかし、スピナの迷宮であれば話は別だ。一応こちらも簡単な結界は張られているものの、その強度はOlのそれに比べひどく脆い。魔法陣を描き、結界を張りなおせば容易に転送陣を作り上げることが出来た。

貴様らはここを防衛せよ

Olは転送陣で巨人数体と、白アールヴを数人呼び出して拠点へと配置した。巨人が敵に対して壁となり、その後ろからアールヴが矢を放って援護する。防衛力に優れた組み合わせだ。

こうして背後に防衛役を配置することで挟撃や背後からの不意打ちを防ぎ、更に自分のダンジョンへの侵入も牽制することが出来る。

次は東側の壁を掘れ! 地下水脈に出るぞ!

コボルト達が壁を打ち崩すと、その先にあったのはごうごうと音を立てながら流れる地下水脈だ。空を飛ぶ巨蝿ならば上空を軽々と飛んでいくことも出来るが、Ol達はそうはいかない。ここは迂回していくしかないスピナはそう考えているはずだ。

橋を架けろ! 急げ!

Olは召喚陣から巨大な橋を呼び出すと、巨人達に命じて川岸に固定させた。橋はドヴェルグ達に急ぎ作らせたもので、木製の簡素なものだが、頑丈さは折り紙つきだ。人間の数倍の背を持つ巨人達が乗っても、軋む音さえ立てなかった。

対岸の壁を崩せ!

橋をかけた先、対岸の壁をコボルトと巨人達が協力してツルハシを振るい、あっという間に打ち崩す。途端、断末魔の声が辺りに響いた。

何だと!?

通路を埋め尽くすような巨大な丸石が転がり出て、コボルト達を押しつぶし、巨人達をも飲み込んだ。スフィアの罠余りの破壊力ゆえに使いどころが難しい、凶悪な罠だ。

馬鹿な、こんな所に仕掛けるだといや、それが故か

スピナはOlの性格や行動パターンを知り尽くしている。ここは通常の手段では渡ることが出来ない。だからこそ、スピナはOlがここから侵入してくると読み、罠を仕掛けたのだ。

この分だと、他の進入路も読まれていると思っていいだろうな

Olは脳裏にスピナの迷宮の地図を思い描いた。Olが不意をつこうと考えていた道は、思い返せばどこもくさい。守衛を配置しづらい場所が多すぎるのだ。Olはそれを隙と考えていたが、むしろこれは罠だ。守衛を配さない代わりに、恐らくは凶悪なトラップが満載してあるのだろう。かといって、正面から突破するのも上策とは言えない。そちらは守衛の魔物達が大量にいる。

幾ら個々が弱い相手とは言え、地の利は向こうにある。例えば、高台から矢を射掛けられたりすればこちらは一方的に攻撃されるしかなくなる。そうなれば負けはせずとも被害は甚大だ。

ならば、見せてやろう。スピナ、お前がまだ見たことのない戦略と言うものを

そうして、Olはついにスピナの迷宮の最深部へとたどり着いた。巨大なスライムが部屋一杯に収まり、心臓の様にどくどくと鼓動している。

壁の紋様を打ち崩せ!

Olはコボルト達に指示し、スライムのいる部屋へと通じる通路の壁を破壊し始めた。魔力はこの紋様によって中心部へと運ばれている。部屋の周囲を一旦破壊すれば、スライムへの魔力供給はほとんど止まると言うわけだ。

そうなれば、これ以上迷宮の維持もできず、スライムが大きくなる事もない。

出て来い、スピナ! 魔力供給は断った。お前の負けだ!

虚空に向かい、Olは叫ぶ。スピナがどこにいるにせよ、核たるこの部屋を監視していない訳がない。

流石です、お師匠様

ぐにゅり、とスライムの表面が歪み、腕が突き出す。次いで白い顔が露出し、粘液状の生物の中から、スピナはゆっくりとその身体を晒した。一糸纏わぬ姿を惜しげもなくさらしながら、彼女はゆっくりとOlに腰を折る。

まさか、これほどまでに早くここまで到達なさるとは

お前にはまだ見せていなかったな。こういった戦略を。まあ、戦略と呼べるようなものではないが

Olは後ろを振り返り、通路の奥を示した。

その奥にあるのは、最低限の柱だけを残し、掘られつくした巨大な広間と、ツルハシを持った巨人やコボルト、インプ達。

何の事はない。ただの、圧倒的物量による力技だ

所詮罠などと言うものは、通路や小部屋の様な閉鎖空間だからこそ有効なものなのだ。それらも全て破壊し、打ち崩してきたのだから確かに戦略と呼べるような手段ではない。が、全戦力を投下すればそれだけ防衛に割く力が減り、危険は高まる。そのぎりぎりのバランスを見積もるのもまた知略の一つといえる。

それより、これはどういうつもりだ

Olの問いに、スピナは澄んだ微笑で答える。

お師匠様をお迎えする準備を整えたのです。私と共に、この迷宮で過ごしましょう

要らぬ世話だ。さっさとそのスライムを片付けろ。帰るぞ

そういうわけには参りません

スピナの言葉に呼応するかのようにスライムがぐにぐにと動き、彼を囲むように通路を塞いだ。自我どころか知性さえ持たないスライムを、いかにして自在に操っているのか。

力づくでもというわけか?

しかし、Olはそれを見ながらも慌てることなく問うた。もはやこの娘がどれほどの才能を持ち合わせていようと驚くまい。

いいえ。ただ私は、お師匠様の身を案じているだけです

スピナはOlに近付き、そっと彼の頬に触れた。その手は驚くほど冷たく、温度の低い地下迷宮の中で尚ひやりとした感覚を彼に与えた。

本気で言っておるようだな

全く我が弟子ながら性質が悪い、とOlは嘆息する。スピナが敵意を持ってOlに対しているのなら、以前かけた呪いがその行動を妨げる。スピナは本心から、Olを案じ、守る為にこんな事をしでかしているのだ。

だが、お前の言う事を効いてやる訳にはいかん。スライムを下げろ、スピナ。さっさと

呪力を込め、Olは命ずる。しかし、その命令はスピナに何の影響も与えなかった。

な貴様!

魔力がスピナに通じなかったから、ではない。

その為に、彼女が何を代償に支払ったかを理解したからだ。

愚かなことを貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!?

ええ、理解しております。それでも、私がお師匠様に並ぶにはあなた様の横に立つには、これしかなかった。ならば、私は己の行為を愚かとは思いません

スピナはゆっくりとOlを抱きしめる。Olの下半身は既にスライムに包まれていた。そして、そのスライムは、スピナの下半身と繋がっている。

否。

スピナの下半身そのものが、今やスライムへと変化していた。その端は長く伸び、ダンジョンの中心で鼓動する巨大なスライムに繋がっている。知性のないスライムを自在に動かせるのは、当たり前の事だったのだ。

彼女自身が、スライムになったのだから。

人である事を捨てたのは、お師匠様も同じでしょう?さあ、迷宮の奥で、永遠に私と愛し合いましょう

ずぶずぶとスピナの身体が、Olを飲み込んでいく。それはOlの身体を溶かしはしないが、魔力を奪い身動きを完全に封じていた。

ネリス・ビア・スピナ

Olの身体がほぼ取り込まれた、その時。Olは唯一露出した口で、そう彼女の名を呼んだ。

途端に、スピナの動きはぴたりと止まる。

俺を解放しろ

続く言葉に、Olの身体はスピナの身体から離れた。

スピナは愕然としながらも、Olから身体を離し、周囲のスライム達もどかす。どんなに力を込めても抗うことが出来ず、彼女はその動きを止める事が出来ない。

一つ、お前に教えていなかった事があったな

Olは息を整え、萎える手足に魔力を通しながら言った。

魔術師は、その名をつけた師に逆らう事は絶対に出来ない。魔力を無効化するだの、人でないものになるだの、そんな事は全く関係ない。名とは存在そのもの。魂にも等しいものだからだ

音もなく、スピナの頬を涙が一筋流れる。

泣くな。貴様の心配はわかるし、無碍にする気もない。さあ、さっさと帰るぞ

泣く?

スピナはそっと自分の頬に手をそえ、流れる涙を確かめた。

そして、口元を笑みの形に歪ませる。

これは、悲しみの涙ではありません。喜びの涙です。私は、ようやく

!?

Olの動きが止まる。まるで先ほどまでのスピナの様に、身体を全く動かす事ができない。

お師匠様と、同じになれたのですから

いや、事実それは先ほどまでのスピナと同じなのだ。

類感呪術か!

第16話 愚かなる者を制裁しましょう-3

呪術。

それは、まだ魔を使った不可思議な技が全て魔法と呼ばれていた時代の遺物だ。

呪術、妖術、魔道、法力などと様々な名で呼ばれていたそれらは、多くの魔術師達によって研鑽され、分類され、一つの学問として纏められ、魔術の名をつけられた。そしてそれ以前の魔法達は使い勝手の悪い、泥臭い術だと断ぜられ、忘れ去られてきた。

しかしそんな中でも、民間の中で根強く残っているものがある。それが、呪術だ。

魔術に比べ格段に効率が悪く、使用方法も限定的で使い勝手の悪い呪術ではあったが、魔術師ではなく民間の中に残ったのには理由がある。

それは、感覚的にわかりやすいという事である。

呪術とは一言で言うと、関連性を利用した魔術の総称だ。

似たものは似る。同じだったものは繋がりを持つ。

雨が欲しければそれを模して水をまいて雨を呼び寄せ、

人を殺したければその相手の爪や髪を人形に入れ、杭を打ち込む。

無論、魔術師でもない人々がそんな事をしても、望む効果が得られることはほとんどない。しかし人々はそれに力があると信じ、その信じる意識の集合体が力となって呪術師に力を貸す。

その中でも類感呪術と呼ばれるのは、似たものは似た性質を持つという関係を利用したものだ。

そして、今。

師による理不尽な強制というOlの根幹に根ざす体験を追体験し、スピナは彼との関係性を強くした。

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