人造人間(ホムンクルス)や魔法生物(ゴーレム)を作るのとはわけが違う。
それらは知能を持たせることはできても、魂は持たないのだ。魂そのものを作ることは魔術では不可能とされており、Olにもできない。
それはとりもなおさず、メリアの他に法術を使える者がいるということを表していた。
一筋縄ではいかぬ、という事か
最後の最後。Olによって与えられた肉欲を望み、ほんの僅かに曇ったメリアの魂を見つめて、Olは呟く。
敵は、メリアより上にいる。そして、その相手は恐らくOlととてもよく似ている。
すなわち、用心深く狡猾で、目的のためには手段を選ばない人間だ。
ラファニスで新しい聖女が発表されたのは、それから三日後の事だった。
第17話天に弓を引きましょう-3
影の聖女。裏聖女。真の聖女。ううん。どうにも悪役といった趣がぬぐえないな。どう思う?
白。白。白。壁も、床も、天井も。
家具から衣服、全てに至るまで白に塗り込められた白亜の城で、メリザンドは尋ねた。
大聖女でいいんじゃないですかね
問われた男は、これも髪から衣服に至るまで白一色。唯一つ、両の瞳だけが赤く色づいていた。
ふうむ。しかしだ、この成りで大聖女を名乗るというのもどうかな?
メリザンドはその落ち着いた口調とは裏腹に、5,6歳にしか見えぬ容姿をしていた。まっすぐ足首まで伸びた髪に愛くるしい顔立ち。メリアを幼くしたような美しい童女だったが、その瞳は理知的な輝きに満ち、表情はやけに大人びている。
まあ、ギャップがあるって言うのもそれはそれでいいんじゃないですか
男は心底どうでもいい、といった調子でそう答えた。
ギャップかうむ、では大聖女メリザンドと名乗るとしようか
楽しそうですね
そういう男に、メリザンドはピクリと眉を上げる。
馬鹿を言うな、我が国数百年ぶりの危機だぞ。楽しんでなどいられるか
楽しそうであると言うことは否定しないんだな、と男は思うが、口には出さない。
魔王Ol。よもやこんなにも早く攻め込んでくるとはな。それも地下からの奇襲とは恐れ入った
あの坑道辿ってぶっ殺して来たら早いんじゃないですか。なんなら俺いってきますよ
軽い口調で言う男に、メリザンドは首を横に振る。
奢るな、不死身。お前は不死だが、無敵ではない。舐めてかかると手痛い反撃を食らうぞ。相手はかのウォルフ王を下した相手だ
んじゃあ、何人か呼びます?
メリザンドはうなずき、パチンと指を鳴らした。
既に、呼んだ
その背後から、やはり白い衣服に白い髪の者達が6人、姿を現した。
なっ6人!? 全力でいくんですか!?
不死身と呼ばれた男は目を見開き、大声を上げた。自分を入れて7人。それがメリザンドが使役できる英霊の最大数だ。
今言っただろう。魔王は侮れる相手ではない。聖女も一人やられたのだぞ。全力を持って叩き潰す
メリザンドはニヤリと笑みを浮かべて言った。長い付き合いで不死身はそれが、彼女が激怒している時の表情だと知っている。彼女は楽しんでいたのではない。楯突く者に、怒っていたのだ。
無明の騎士
スリットのない、全面を覆われた奇妙な兜をかぶった男が、一歩進み出て槍を掲げる。
跳ね駒
純白の鎧に全身を包んだ騎士が、メリザンドに跪く。
魔弾の射手
弓を持つ軽装の男が、うやうやしく礼をする。
鉛の英雄
武器を持たぬ大柄な男が、微動だにせず立つ。
炎髪の姫
小柄な少女が、無言で剣を掲げる。
竜殺し
豊かな髭を蓄えた男が、ゆっくりと腕を組む。
そして、不死身。以上、英霊七名。全員をもって、魔王を討伐する
新入りが三人、か。ま、よろしく頼むよ
不死身が気さくに笑いかける。しかし、英霊達は反応しない。英霊とはそういうものだ。自我を備えている不死身の方が例外といえる。
そんで、どうするんです? 一気に7人で攻め込みますか?
一騎当千どころか、万の敵も相手取れる元英雄達だ。7人もいればその戦力は師団どころか一つの軍に匹敵する。しかし、メリザンドは首を横に振った。
まずは彼我の戦力を分析する。敵は魔王Olとその配下の魔物達、そしてその属国の兵士達だ
つかつかと英霊達の前を歩き回りながら、メリザンドはすらすらと述べ始めた。
兵力はフィグリアの兵がおよそ1万、グランディエラの兵がおよそ15万、ラーヴァナが5000、アルフハイムが3000他の有象無象をあわせて2万と言ったところか。とは言え、当然これらの兵を一度に全部動かせるわけではない。まあ攻勢に動かせるのは良くて半分だろうな。また、殆どは魔王に攻め入られ力で属国になった立場だ。錬度はともかくその士気はけして高くはない
確認するように視線を向けるメリザンドに、はあ、と不死身は生返事をする。彼は従軍経験はないし、戦争にかかわった事もない。正直あまりピンとこなかった。
それだけなら英霊を呼ぶまでもなく我が聖騎士団で幾らでも対処できる。が、問題は配下の魔物達だな。これはどのような種類が何匹いるか予測できん。また、聖女を浚った時のような坑道を通って進軍されるのも非常に困る。地下には結界を張れんからな
あーそりゃマズいですね
続く話は不死身にも理解できた。極端な話、この神殿内部に突然敵が万単位で攻め入ってくる可能性すらあるのだ。かなりの広さを持つ巨大な建物ではあるが、所詮は建物。乱戦になれば確実に聖女を守れると断言するのは少しばかり苦しい。
そしてもっとも厄介なのが魔王Olだ。慎重で狡猾、目的の為には手段を選ばぬ
どこかで聞いたことがあるフレーズですね
そうだな。私もそう思うよ。かの者は、私によく似ている
素直に肯定され、不死身は背筋を正した。
なるほど。そんじゃあ本気でやらないとヤバいですね
褒め言葉と受け取っておこう。厄介なのは奴が常に形代を使い、本体は表に姿を現さぬということだ。おそらく本体は迷宮奥深くに潜んでいるのであろうが、この迷宮というのがまた曲者でな。攻めるに難く、守るに易いの究極形のようなものだ
山に囲まれてるどころか、壁に囲まれてますもんねえ
今お前、自分ひとりでなら十分攻略できるな、と思っただろう
のんびり答える不死身に、メリザンドは鋭い視線を投げかける。
あ、バレました? でも実際そうじゃないですか?
不死身はその二つ名の示すとおり、文字通りほぼ不死身だ。首を刎ねられようがぐちゃぐちゃにすりつぶされようがけして死ぬことはない。敵がどれだけいようが彼には関係ない。ゆっくりもぐって魔王を殺しにいけばいいだけだ、と彼は思った。
這い上がれぬほど深い落とし穴。何もかも溶かすスライム。土の中深くや溶岩地帯に転移する罠。身動きを完全に封じる強力な呪い。精神に影響する類の魔術。私が今ざっと考えただけでもお前を無力化できる方法はこのくらいはあるが?
すんません調子乗ってましたー!
不死身はあっさりと前言を翻し頭を下げた。彼は不死身ではあるが無敵ではない。しかし、それをしばしば忘れるのが欠点だと、メリザンドは日頃から口をすっぱくして言っているがそれはあまり実を結んではいなかった。
恐らくそのいくつかは迷宮内に実際に仕掛けられているだろう。英霊といえど易々と突破できるとは限らん。もし英霊を失えば、軍対軍で正面突破される可能性もある
それは
考えすぎじゃないですかね、といいかけ、不死身は言葉を飲み込む。これ以上主人に軽率な人間という印象を与えるのがはばかられた。勿論それはとうの昔に手遅れではあったが。
敵の全勢力が未知数である限りは、予断は許されん。常に最悪の事態を想定して行動する必要がある
不死身の言わんとするところを理解し、メリザンドはそういった。
しかし、迷宮を単身で攻略するのもダメ、かといって相手の進軍を待ってたら直接神殿に攻め込まれる可能性があるからダメ、となるとどうするんで?こっちから軍を出して攻め込みます?
それも悪くはないが、もう少しいい手がある
そういい、悪戯っぽい笑みを浮かべるメリザンドに、不死身は嫌な予感を覚えた。
第17話天に弓を引きましょう-4
全力で挑むなど、愚の骨頂だ
端的に、Olはそう述べた。
敵の力は未知数。だからこそ、こちらから先に手の内を晒す事などできん。こちらの利点はこのダンジョンの防衛能力と、その中にいる魔物達だ。初手から全力で攻めるのはその利点を全て潰すようなものだな
相手を軽んじている訳ではなく、むしろ最大限警戒しているがゆえに、全軍を出す事など出来ない。それが、Olの論じた戦略方針だった。
そうは言っても、戦力を出し惜しんで勝てる相手じゃないんじゃないの?
そもそも勝つ必要などない。攻めてきた時に負けなければそれでいい。相手の核を取ればよいだけだ
聖女メリアは何の情報も残さず死んでいった。しかし、その事実こそがOlにその裏にいる存在を感じさせた。裏にいるのは組織や集団ではない。狡猾で堅固な意思を持った一人だ。その何者かを倒せば、Olの勝ちとなる。
しかし、その核がどこにいるのかはわからないのではないでしょうか
スピナの問いに、Olは再び首を横に振る。
いや、十中八九核がいるのはメリザンド大神殿だ
そんなわかりやすい場所にいるでしょうか?
では聞くが、そのような事が可能だとしてダンジョンコアを、迷宮外のどこか辺鄙なところに置こうという気になるか?
Olの言葉に、リルとスピナはすんなり納得した。ダンジョンコアは文字通りOlの命そのものだ。魔力を蓄える為にダンジョンの中に無ければならないが、そうでなくとも他の場所に置いておく気にはなれない。
確かに別の場所に置けば、不意はつけるかも知れん。が、万が一ばれたときはどうする? そんな場所では守りきれん。かといって、普段から十分な防備を置けばあっという間に発覚する。だったら、最大限守りやすい場所に置くのが当然だ。そもそも核の存在自体が秘匿されているのだしな
その辺りの事情はOlのダンジョンコアも同様だ。何通りもの方法を考えつくした上で決定した事なのだから、まず間違いはない。
だから問題は、敵の兵力ではなく戦力。英霊と天使をどの程度まで扱えるのか、という話だ
ラファニスが攻められたという話はもう数百年前の話だ。どの程度の戦力を保有しているかと言う資料ははほとんど残っていないし、現在も同じであると言う保証もない。しかしそれが事実だという事は、数十年に一度の聖女の代替わりの儀式で確認される。
英霊と天使が、新しい聖女を祝福にやってくるのだ。それはただの儀礼ではなく、周囲の国に対する牽制でもある。Olも実際に見に行った経験があるが、それが幻影などではなく、紛れもない本物であると確認できた。
天使や英霊私が食べる事は出来ないでしょうか?
ぐにゃりと身体を揺らめかせ、スピナが言う。
いや、無理だろうな。あれは魔力ではなく理力で出来ている
理力って結局何なのですか?
それさえわかれば、それを食べるスライムを作ってみせる、と言わんばかりの表情でスピナは尋ねた。
魔力は理を捻じ曲げ、世界を改変する力。理力はその正逆。理を促し、世界を形作る力当たり前の事を、当たり前にする力だといわれているな
当たり前の事を当たり前にですか
ぴんと来ない説明に鸚鵡返しに呟くスピナに、Olは頷く。
俺も法術を使えるわけではないから、漠然とした答えしか返せぬがな。例えば物が地面に落ちるように、子が成長し大人になり、やがて老い死ぬように。魔術はそういった理を捻じ曲げ、物を宙に浮かせ、老人を若返らせる
目の前にある実例に、スピナは納得する。しかし、そうであれば法術とは一体何をするものなのか? 法術を使わずとも、当たり前の事は当たり前に起こる。それは術ではなく、ただの法則だ。
魔力の多くが地中に存在するように、理力の多くは空中空に存在する、とは言われてはいるが、実際のところは良くわからん
空ねぇじゃあ、太陽が動くのも法術のせいってこと?
流石にそんな大規模な法術は人の扱う範疇ではないだろう。が、太陽は昔から神の力の象徴として見られることも多い。理力が空に満ちると言われているのもそのせいかも知れんな
リルの言葉に、考え込むように吐き出されるOlの台詞が、スピナの思考の片隅に引っ掛かる。何かを思いつきそうで思いつかない、もどかしい感覚が彼女を包み込んだ。
いずれにせよ、天使は悪魔と似たようなものだからともかくとして、厄介なのはやはり英霊だ