英雄とは、英霊になる為に生まれた存在だ。悪魔が人間と契約を行い、魂を集めて戦力を増やすのと同様に、天使達は人間を英雄として祭り上げ、生きている内にその魂を磨かせて、死後その魂を英霊として天に召し上げる。
悪魔達は質より量を選び、天使達は量より質を選んだ。細かい差はあれど、どちらも人間を食い物にしていることには変わりない。
ユニスと同等以上の戦力かあ
リルは彼女が迷宮を攻めてきたときの鮮烈な印象を思い出し、身を震わせる。あれほどの強さを持った者達が何人もいるなど、想像したくもない。
一度に何人の英霊を使役できるかはわからんが5人以上いるなら、負けるだろうな
そうでない事をOlは祈った。
準備はいいか?
暗く狭い坑道の中、Olは問うた。
うん、オッケー
この身滅ぶまで、どこまでもお師匠様についてまいります
リルが軽く答え、スピナが重く答える。
両極端な二人の反応に苦笑しつつも、Olは居住まいを正し、声を張り上げる。
恐らくはこれが最後の戦いだ! 皆のもの、心してかかれ!敵は喜びと平穏に満ち、幸福と愛情の歌をうたう鼻持ちならない天の遣いどもだ。奪い、穢し、踏み躙れ! 奴らの家のドアにその臓物を飾り立て、首を晒して火をかけてやるのだ!
魔術で拡大された声が坑道内に鳴り響き、野蛮な亜人たちが一斉に声を張り上げる。ゴブリン、コボルト、ドヴェルグ、巨人達。腕力を頼りにし、穴掘りを得意とする全ての部下をOlはここに集めていた。
行くぞ加速だ!
リルとスピナの魔力を取り込み、Olは魔術を行使する。それは亜人達の筋力を増大させ、彼らの動きは文字通り加速した。
まるで人が歩くかのような速度で、坑道が掘られ、柱と梁が立てられ、伸びていく。粉砕され、掘られた土砂は無数のインプ達が瞬く間に運び消し去る。
大神殿の真下まで坑道を掘り進め、そこに転送陣を描くことが出来ればOlの勝利は殆ど確定的なものになる。本丸の真横に敵の湧く穴を作られて、落ちぬ城などない。
でも、さすがに地下は警戒してるんじゃない?
つい先だって聖女を浚ったばかりなのだ。地下から来る事さえわかっていれば、幾らでも感知のしようがある。間違いなく、敵は何らかの手段で地下を守っているはずだ。
だからこそ、Olはそこを突破すると決めた。
何より安全だからだ。
恐らく敵は前回の坑道から掘り進むか、その途中から横道を作って侵攻する事を考慮している事だろう。であれば、警戒するのは面。祭壇の真下の坑道から大神殿の間の面を警戒し、それ以上中に侵入されないよう考慮しているはずだ。
それ以上の範囲を警戒するのは現実的ではない。何せ、その面でさえ深さという問題があるのだ。あまりにも深い場所までは魔術であろうが法術であろうが影響が届かない。
しかし、Olが今掘っているのはその思考の範疇外。既に位置的には神殿の真下だった。そこから螺旋を描くようにゆっくりと上に進みつつ、Ol達は神殿を目指しているところだ。
その場所は、聖女を浚うよりも前に掘り、陣を描いていた場所だった。もとより聖女の拉致が上手く行かなかったときの保険に襲撃用の坑道も掘っていたのだ。
入り口を念入りに埋め、万が一にも存在を知られないよう深くに埋没させたのでここから直接攻め入る訳には行かないが、攻め入る布石の一つ、地中の砦とでも言うべき一室だ。
魔術師さんよ! そろそろ抜けるぞ!
ドヴェルグの張り上げる声に、Olは眉をひそめた。
何だと? おかしいぞ。地上までまだ100ヤードはあるはずだ
Olには地中での絶対的な距離感などないので目算でしかないが、流石に100ヤードもの距離を間違える事はない。
それはそうなんだがなぁ、この音は薄い壁を掘る音だ。天然の洞窟でもあるのかも知れんな
洞窟か
それは少々歓迎できない事態だ。地上までギッシリ土が詰まっているなら真っ直ぐ坑道を掘って進めるが、間に洞窟があるとなると迂回するか階段を作らなくてはならない。どちらもかなりの時間のロスになるし、迂回するとなれば敵の警戒網に引っ掛かる可能性も高くなる。
とにかく見てみぬ事にはどうにもならん。水音はしないな?
ああ、そりゃ平気だ。じゃあ、ぶち抜いちまうぜ
地中を掘る際にもっとも気をつけなければならないのが水地下水脈だ。特に今の様に上方に掘っている場合、掘削部隊が全滅しかねない。
しかし、掘った先に待ち受けていたのは地下水脈など比べ物にならないほど厄介なものだった。
天井を打ち崩し、降り注ぐまぶしい光にドヴェルグ達は顔をしかめる。そこはまだ地上ではないはずなのに、その空間は光に満ち満ちていたのだ。
そして、その光の正体を目の当たりにし、彼らは唖然とした。
掘り当てたのは、洞窟は洞窟でも、自然のものではなかった。鍾乳石や風化した石の断面などが存在しないことから、それが人工的に作られた空間である事が一目でわかる。
そして、そこには無数の天使達が待ち構えていたのだ。
そこから先は、大虐殺だった。その身に高貴な輝きをまとい、金の髪と白い鳥の翼を持つ美しい天使達は一斉に亜人達に殺到し、手に持つ剣で切りかかった。鉱夫達とてただの労働者ではない。一人一人が戦士でもある。
しかし、坑道を掘る為にろくに武装もしていなかった彼らが天使達に敵う訳もなく、また狭い坑道で数を生かす事もできず、一人ひとりなますぎりにされていった。
その様子を見やりながら、不死身はふうと嘆息する。その首ったまにはタオルがかけられ、手にはツルハシ、白い衣装は土にまみれ汚れていた。
まずは初戦快勝、ってトコかね。しっかしうちのボスにも参ったもんだ。どこの世界に、英霊に土木工事やらせる聖女がいるってんだ
英霊の力を持ってすればこの程度の洞窟、一昼夜もあれば十分だろう?
そう笑みを見せた上司を思い出し、不死身は苦笑を浮かべた。
第17話天に弓を引きましょう-5
やられたな
目を開けるなり、Olは舌打ちした。ごうごうと耳を打つ音に、視線の先で揺れる幌。そこは馬車の中だった。予定通りならそろそろ目的地に到着する頃合のはずだ。
お帰りなさいませ、お師匠様
Olの身体を抱きかかえていたスピナの声が、Olの耳元をくすぐる。彼女もまた、分身から地下の侵攻部隊が全滅している事を感じ取っていた。
こっちの状況はどうだ?
もうすぐつくよー
御者台からリルが声をあげる。あれほどまでにあっさりと負けるとは、流石にOlも予想外だった。真下からの侵攻が予期されていたのはまだともかくとして、それを迎え撃つ為に巨大な空洞を掘り、天使を満載して迎え撃つとは敵も中々に飛んだ頭をしている。
いや。馬がなくとも馬車と言うのか、と思ってな
御者台に座るリルの横から顔を出し、Olは呟くように言った。その視線の先には地面ではなく、遠くに見える広大な森があった。
この馬車は、空を飛んでいるのだ。
あーそうだね。そういや馬つけてないね、忘れてた
御者台に座るリルが握っているのは、手綱ではなく操縦桿だった。彼女作のこの空飛ぶ馬車は10人ほどの人間を運び宙を飛ぶ兵器の一種だ。運搬以外には特に特別な能力を有してはいないし速度も飛竜に比べればかなり遅い。
しかし、地形を無視して大量に人員を輸送できる事と、作るのが比較的容易で数を揃えられる事が何よりも優れている点だった。Ol達の乗っている馬車を先頭にして、その背後にはおよそ500台。5000の兵が乗っている。
これで関も砦も飛び越え、直接首都を狙う算段だ。地下の侵攻とは互いに陽動であり、互いに本命。どちらかが潰されれば、どちらかで奇襲をかける。その手筈だったのだが、地下側が予想外に早く潰された形だ。
とは言え、奇襲そのものが失敗に終わったわけではない。地下に防衛を回した分、地上は手薄になっているはずだし、時間稼ぎは成功した。
いくぞ一気に攻め込め!
眼下に見えてきた首都の門を見下ろし、Olは号令をかけた。
遅いぞ、たわけ
無茶いわんで下さいよ、こっちはひどい目にあったって言うのに
土にまみれ、ボロボロになった格好で不死身はぼやいた。
どうした?
問うメリザンドに、不死身はどうもこうもないですよとため息を吐く。
倒したと思った瞬間、敵が見事に大爆発。坑道ごと埋まって天使どもは大半圧死ですよ。俺も不死身じゃなきゃ死んでました
咄嗟の判断で天使を盾に僅かな空洞を確保できたのと、つるはしを持っていたのが不幸中の幸いだった。そうでなければ、そのまま全身土に埋まって身動きが取れなくなっていただろう。
やはり一筋縄ではいかぬ相手だな。見よ
メリザンドは神殿のバルコニーから空を指差す。そこに浮かぶのは500台の空飛ぶ馬車だ。
どうやら魔王Olの軍勢のようだな。よもや、あのようなものを持っていたとはな。呪具いや、魔兵器とでも呼ぼうか
いや名前はなんでもいーんですけど
相変わらず妙なところに拘るメリザンドに呆れた声でそういい、不死身は空を見上げた。
アレ、結構ヤバくないですか
そうだな。結構ヤバい
メリザンドは素直に頷く。
フィグリアからここまではかなりの距離がある。転移するにもそう量は呼べぬだろうから、正面からの攻撃はないと踏んでいたのだが
難しい表情でメリザンドは唸った。
あの天駆ける馬車であればかなりの量の兵を運ぶ事ができる。それ以上に、空を取るというのはかなりのアドバンテージだ。数以上に強敵と見なければならないだろう。
まあ、予想はしていなかったとは言え
メリザンドはくいと紐を引き、早鐘を鳴らした。その鐘の音に、がらがらと音を立て巨大な塔が幾つも立ち上がった。
準備しておかぬ理由にはなりはしないがな
兵達は塔の上にずらりと並び弓を構える。
相手はわざわざ大きな的を用意してくれた。ありがたく、射落とせ
あんな塔まで用意しているとはな
首都をぐるりと囲む壁に建てられた巨大な塔に目をやり、Olは呟く。それは上から矢を射掛けたり城壁を越えるのに使う櫓の様にも見えるが、そう言った目的のものよりも更に大きい。上空から攻撃する戦術を取るOlへの対処である事は明らかだった。
塔の最上部に備え付けられた石弓や投石器から、次々に矢弾が放たれる。Olは馬車の高度を上げてそれをかわすが、これ以上近付くことはできない。幾ら上空を取っているとは言え、弓矢はまだ届かない距離だ。
ラズはさ
遠くを見つめるような眼差しで、リルは言った。
Olに会うまで、兵器を作る事を何とも思っていなかった。ただただ研究が楽しくて、より効率よく、より効果的に人を殺す武器を作り出すことを求めていた
馬車に乗せられた袋から、リルは鈍く光る鉄の塊を取り出す。
それがどういう事なのか、何を意味するのかまではわかってなかった。知らなかった。でも、Olとあって、戦争がどういうものなのか自分が何を作っているのかを理解して兵器造りをやめたんだ
そしてそれを外に向けると、躊躇いなく引き金を引いた。
でも私は悪魔だからそんなの全然気にしませーん
色々台無しだな、お前は
リルの発砲に応じて、味方の軍勢が次々に射撃を始める。鉄で出来た筒の様なその兵器は、石火矢と名付けられた砲だ。
筒の内部で小さな爆発を起こす事で、こぶし大の弾丸を放つ構造になっている。構造上、巨大で取り回しが悪く移動しながら使うことはほぼ不可能。命中精度もさほど良くはないし、連射も効かない。しかし、それを補って余りある利点が幾つもあった。
一つ目は、威力。投石器で放つような弾を、矢の如き速さで発射する事ができる。その威力たるや凄まじく、金属鎧を着ている騎士であろうと有効射程以内であれば一撃で半身を吹き飛ばす。弾丸を鉛にすれば、防御魔術ですら全く効果がない。
二つ目は、扱いやすさ。弓矢や投石器の様に高い錬度は必要とせず、1,2時間ほどの簡単な訓練で誰にでも使用できる。
そして三つ目が、その射程の長さだ。個人で携行可能な兵器でありながら、その射程距離は投石機や石弓といった大型兵器と対等の射程距離を誇る。
今の様に上空から撃てば、そう言った兵器に対してさえ一方的に攻撃することが出来る。魔女と呼ばれたラズの知識を、悪魔であるリルが遺憾なく振るった結果がこれだ。
塔の上で兵器を操作する兵達は石火矢の弾で次々と倒れ、塔から落ちていく。次々に塔を撃破して快哉を上げる後続の兵士達とは裏腹に、リルは怪訝そうに眉を寄せた。
おかしいどういう事?