リルは石火矢を構え、引き金を引く。狙い違わずその弾丸は塔に直撃し、木片を飛び散らせた。
倒れない
しかし、塔は崩れることなくその場に立ち続ける。リルの計算では、こういった類の塔でも2,3発も打ち込んでやれば根元から破壊出来るはずだった。
普通のものより大きいから、その分強度にも優れているという訳では、なさそうだな
Olの言葉にリルはこくりと頷く。派手に飛んだ木片は、いうなれば盾の様なものだ。塔の自立自体には直接影響の無い様、わざと壊れやすく出来ている。
既に塔の大半は上部の兵器を破壊され、弓兵達も満身創痍。兵器としての役割は殆ど保っているとはいえない。そんなものに、なるべく壊されにくいような細工がしてある
いけない、全軍、反転
リルが言い切る前に、白く輝く影が塔の中から無数に飛び出した。
兵達が慌てて石火矢をそれに向けて放つが、塔の影から勢いをつけまっすぐに上空を目指すその姿には一発もあたることがなかった。
やられた! 最初からこれが目的だったってわけ!?
塔の影から舞いあがったのは無数の天使達。その手には弓矢を携えていた。この近距離で出てこられては、回避も迎撃も出来ない。あの塔は攻撃の為ではなく、天使達の姿を隠し守る為に存在していたのだ。
まずい、どうしようOl! 上をとられた!
狼狽し、リルは隣のOlに助けを求めた。
空を飛ぶ馬車の陣形は、同士討ちを防ぐ為に前列ほど上方に位置するようになっている。そうすれば、斜め下方を狙えば前の味方に誤って石火矢を当ててしまうことはないからだ。
しかし、相手が上方にいてはその布陣がかえって仇となった。敵を撃とうとすれば、味方に当たってしまうのだ。
仕方なく前列にいる者たちだけが石火矢を放つが、そうなると今度は数が足りない。低い命中精度を射撃数で補っていただけに、天使達はこちらをあざ笑うかのように弾丸を空中でひらひらと避けて見せた。
逆に天使達が放つ矢は馬車を的確に貫き、次々と射落としていく。Olは魔術による障壁を張り、辛うじてその射撃を止めるが味方軍の馬車までは守り切れない。それぞれの馬車には石火矢を扱う砲兵の他にも魔術兵が乗っているはずだが、天使達の放つ矢はその防護を軽々と突き破る程の威力を備えていた。
Ol、反転の指示を!
駄目だ。今ここで横腹を晒したりすれば、それこそ全滅する
馬車の欠点は、小回りが利かないことだ。全軍すぐさまその場で後退、という訳には行かない。大きく弧を描いて反転するしかないが、敵軍はそれを許してくれそうもない。
とは言え、このままではお師匠様
せめてOlだけでも守ろうと身構えるスピナ。その視線の先で、天使が一体墜落した。
石火矢の弾に偶然当たる間の抜けた天使でもいたのだろうか、と目を見張る彼女の前で、一体、また一体と天使達が落ちて行く。
これは、一体?
思わずリルとスピナは馬車の外に顔を出し、周りを確認する。
その視線の先に浮かぶのは、数十匹の飛竜と、放たれる無数の矢。
ようやく来たか
Olが、ニヤリと笑みを浮かべる。
黒の氏族、エレン。恩義によりて、助太刀に参った!
懐かしい声が、天空に響き渡った。
第17話天に弓を引きましょう-6
ようやくって、来るの知ってたの!?
当然だ。こんな寡兵で勝てる相手ではないのは元々わかっていたことなのだからな
外で、飛竜に乗ったミオとエレンが並んで手を振る。それに手を振り返しながら、リルはOlに詰め寄った。
先に言っておきなさいよ!!
敵を騙すにはまず味方から、と言うだろう?
エレンとミオの名は、思っている以上に広まっている。手足の様に飛竜を駆る乙女と、雨の様に矢を降らす黒アールヴの美女。魔王の竜騎兵部隊と言えば、ちょっとした叙事詩(サーガ)にもなるほどの知名度を持ち、Olの持つ軍の主力として認識されていた。
それが故に、Olは彼女達を迷宮から出したのだ。リルにすら知らせぬ密命を持たせて。
はーっはっはっは! 我が弓をとくと見よ!私の兵力は五万三千だッ!!
ノリノリだね、エレンあの子、戦いになるとキャラ変わるよね?
というか、どう見ても五万三千もいないのですが
哄笑を上げながら矢を雨と降らせるエレンに、冷静にリルとスピナは突っ込んだ。彼女らが駆る飛竜達は目算で数十。いずれもOlの迷宮に棲みついたものではなく、ミオが自力で従えた野性の飛竜なのだろう。
恐らく、53人いるのだろうな。一騎当千で五万三千だ
Olがエレン達に与えた密命。それは、黒アールヴの残党の探索と、魔獣の戦力の確保だった。白アールヴ達がOlの支配下に収まった今、彼らに敵対するものはいない。大手を振って仲間を探すことが出来る。
また、ミオも放っておいても魔獣たちが集まってくるOlの迷宮で世話をしているより、外に出て魔獣を捕えに行くほうが戦力の増加を図ることができる。
戦力の隠匿と増強。その二つを見込んで、Olは彼女達を迷宮から手放した。時が来るまで待て、と、迷うミオを説得して。
そして今、その時が来たのだ。
翼を持ち宙を舞う天使達ではあったが、巨大で力強い飛竜の飛行速度にはとても敵うものではない。それは地上で言うならば、歩兵と騎兵の戦いだ。しかもこの騎兵は自在に無数の矢を放つときている。
天使達は見る間にその数を減じていった。
Ol、あれさ
ああ、わかっている
リルの言葉に、Olは頷く。数だけはいるが、あれは天使の中でも下級から中級程度。悪魔で言えばガーゴイルやヘルハウンドと同等程度の力しか持っていない。敵はまだ主力を繰り出してはいないという事だ。
準備しておけ。行くぞ
こりゃあマズいな
ハラハラと落ちては消えていく天使達を見やり、不死身は呟く。メリザンドとは千年以上に渡る長い付き合いだが、戦略においてここまで彼女が追い詰められる様を彼は初めて目の当たりにしていた。
マズい? 何がまずいというんだ?
しかしメリザンドは、それに笑みを持って答えた。
無明よ、他に敵の援軍は?
ありません
視界を確保するスリットのない、卵の様な形の兜の中で無明の騎士はくぐもった声で答えた。盲目である彼の目は何も映す事はない。しかし、千里を見通し、ありとあらゆる隠された物を暴き出す事が出来た。
ならばこれで詰みだ。まずはあの小うるさい射手を黙らせろ、魔弾
仰せのままに
羽帽子を被った男が優雅に一礼し、弓に矢を番え、ひょうと矢を放つ。
次。竜殺し、鉛
屈強な肉体を持つ二人の大男が並び立つ。
竜殺しは遥か上空を飛ぶ飛竜達を見据え、剣を引き抜いた。そして横薙ぎに剣を振るう。
落ちろ
鉛が手をかざし、力を込めて呟いた。
よし。では最後だ。跳ね駒、炎髪。止めを刺して来い
頷き、全身を甲冑に包んだ騎士が小柄な少女を抱きかかえ、跳ぶ。彼らの姿は瞬時にして掻き消えた。
これで王手。概ね予定通りだな
御無事ですか、お師匠様
Olが目を見開くと、目の前にスピナの顔があった。その首から下は半透明の粘液と化し、Olを包み込んでいる。どうやら咄嗟に、落下の衝撃から守ってくれたらしい。
一体、何が起こった?
まず、雨あられとばかりに降らせていたエレン達の矢が撃ち落された。防がれたならまだわかる。しかし、同じ矢で撃ち落されたのだ。高速で空中を飛ぶ矢を射るのが、どれほどの神業を持ってすれば為せるのか、Olには想像もつかない。
ましてや数百もの矢を同時に射落とすなど、考えもしなかった事だ。未曾有の攻撃に混乱に陥るOl達を、更なる衝撃が襲った。突然、飛竜達が残らず真っ二つに両断されたのだ。
飛竜はいわゆるドラゴン、ましてや最後の竜メトゥスなどとは比べるべくもない。竜の眷族の中でも末端に位置する弱く知性にも乏しい存在だ。が、それでも世界で最強の種族、竜であることには変わりがない。
並みの魔獣などよりも遥かに強く、その鱗は生半可な剣士の剣など受け付けない。ましてや、それを両断するなどいかなる剣士にも魔術師にも不可能だ。それを姿さえ見せず、数十まとめて両断するなど。
そしてそれと同時に起こったのが、空飛ぶ馬車の異常だ。奇妙な風が駆け抜けたかと思えば、突然馬車はその動作を止め、ただの木で出来た箱へと成り下がった。当然馬車は落下をはじめ、兵達の棺桶となった。
主殿。先程のは、一体?
軽い擦り傷を作りながらも、エレンが姿を現す。その後ろには、ミオと配下達も一緒だ。全員軽い傷を負ってはいるものの、重傷以上のものはいないようだった。
エレン、無事だったか
ええ、下が森だったのが幸いしました
アールヴ達は森の精を起源とする種族だ。弓の腕を披露する事が多いが、その魔術の腕前も捨てたものではない。落下しながら木々の木の葉やツタを操り、網を作って衝撃を和らげるくらいの事は軽々としてのけた。
久しぶり、エレン、ミオ。再会を喜びたいところだけど、そんな状況じゃないみたい。兵の方はやっぱり全滅よ、ご主人様
いつになく切羽詰った表情で、リルがOlの下へと戻ってくる。落ちた馬車を見て回ってきたが、やはり彼ら以外に生存者はいないようだった。
先ほどの攻撃がなんなのかは全くわからん。が、わからんという事は、恐らくは英霊の仕業だろう
矢を撃ち落したもの、竜を落としたもの、馬車を落としたもの。それぞれ方法が全く違うからには、それぞれ別の英霊の仕業だと考えるのが自然だ。
英霊が5人以上いれば負ける。決戦の前にOlはそう言った。敗北が決定するまで、後2人だ。
いずれにせよ、馬車も兵も落ち、これ以上の援軍もない。ひとまず迷宮に戻り、体勢を立て直すぞ
Olは魔法陣を描くと、リルとスピナの魔力を使い転移を行う。
誰もいなくなったその場所に、二つの影が姿を現した。
そのうちの一つ、跳ね駒はその場に残る魔力の残り香を掴み取ると、再び炎髪を抱え、跳躍した。
それは今までで一番の奇襲だった。
けたたましく鳴り響く警報の音と、己が身を焼く凄まじい痛み。形代を操り、人間としての苦痛とは無縁の筈のOlの全身がひどく痛み、彼を苛んだ。ダンジョンコアが攻撃されている証拠だ。
一体、何事だ!?
Olが部屋を出ると、目の前は紅蓮の炎に包まれていた。
迷宮が、燃えている。燃えるはずのない石壁が、床が、天井が、何もかもが炎を吹き上げ、燃え上がっていた。
敵襲だと!?
スピナが地中から攻めて来た時でさえ、時間的余裕はまだあった。どんな方法を取ったとしても、迷宮に侵入されれば対応できるだけの時間を稼げる準備がしてあったのだ。
こんな事は、ありえない。しかしそれを言うならば、先の敗北もありえない、理解しがたいものだった。すなわち、この襲撃も、石を焼き鉄を燃やすこの炎も、英霊の仕業と見て間違いない。
燃え盛る炎の中、Olは二つの姿を見つけた。小柄な少女と、甲冑に身を固めた騎士。炎髪の姫と跳ね駒敗北を決定する、英霊の4人目、5人目だ。
そして、Olは見覚えのあるその姿に声をかけた。
久しぶりだな。ユニス
反応らしい反応も見せず、炎髪は剣を引き抜く。
随分様が変わったな
Olはそれに身構えもせず、言葉を続けた。
お前の最後の言葉は覚えているぞ。言われたとおり、信じてやる
すっ、とOlは手を差し出す。炎髪は何も見ていない、虚ろな瞳で全身から炎を吹き上げ、彼に突き進んだ。
炎を纏った剣がOlの胸を刺し貫き、その身体を焼き焦がした。その苦しみに、Olはこの炎が尋常のものでない事を悟る。炎髪がその身に秘めた情念の炎は全てを燃やす。石であろうと、鉄であろうと、魂であろうと、何もかもをだ。
このまま燃やされれば、形代だろうが関係ない。Olという存在そのものが焼き滅ぼされる。しかし、Olは微動だにしない。ユニスを信じ、彼女をじっと見つめた。
剣が空を滑り、輝きながらぶんと振るわれ、首を刎ねる。
首はごろごろと地面を転げ、炎に包まれて一瞬にして燃え尽きた。
途端に、迷宮を覆っていた炎は消える。
それを操っていた炎髪が死んだからだ。
よく、わかったね?
兜の中から、くぐもった声があがる。
わからいでか。誰の為にこんな事をしておると思っているのだ
Olは意識して渋面を作り、焼け焦げた傷を治癒しながらそう答えた。決定的な隙を作る為とは言え、己の存在自体が燃やされるのを許容するのはなかなかに肝が冷えた。
ただいま。とりあえず、さ。久々にOlのパスタ、食べたいな
兜を脱ぎ捨て、生前と変わらぬ笑みを浮かべて跳ね駒はそう言った。
第17話天に弓を引きましょう-7