目の前にある光景に言葉を失ったのは天使達だけではない。呼び出された悪魔達も同様であった。召喚を受けてどんな魔術師が呼んでいるのかと顔を出してみれば、彼らの行動を制限する魔法陣の類は一切なく、代わりに目の前には不倶戴天の敵天使たちだ。
否も応もなく、激しい戦いが始まった。悪魔には契約もせず、命令もされていない事をする義理は全くない。彼らを縛る魔術師がいないのならこれ幸いと逃げ出して、適当に人間を騙し殺し魂を奪い取ってしまえばいい。
しかし、目の前にいるのが天使ならば話は別だ。彼らは悪魔を見逃すような事はしないし、悪魔にも彼らを見て戦わないなどと言う選択肢はない。何せ数千年以上に渡る天敵同士なのだ。
怒号と怨嗟の声が響き、炎が渦巻き、刃が舞い、稲妻が轟き、矢が飛び交った。数十分続いたそれが完全に鳴り止んだのを確認して、Faroは隠し扉の影からそっと顔を出す。するとちょうど、相討ちの形で互いに胸を貫かれた主天使と下級悪魔が消えて行く所だった。
悪魔と天使は互いに正逆。互角の力を持つものたちだ。この部屋は入った天使達と同数、同等の悪魔を呼び出す。殆どコストをかけず、天使を殲滅するための罠だ。
Faroは身軽な動作で小さな隠し部屋から抜け出すと、次の得物を求めて迷宮の通路へと消えていった。
その頃、地上もはや上空と形容する方が相応しい、迷宮入り口の街Olタウンでは、天使と冒険者達が入り乱れ、乱戦の様相を呈していた。
明確な階級制度を持ち統率を持って戦いに当たる天使達に対し、元々冒険者達は統率など欠片もないならず者の集まりだ。乱戦はむしろ得意とする所である。勿論冒険者達も少なくない犠牲を出してはいたが、数で圧倒的に上回る天使達を相手にかなりの善戦を見せていた。
そんな中、特に気炎を上げているのは現役の冒険者達ではなく、店の主達Olタウンを作り上げた商人達だった。
おおおおおおおッ!!
獣のような咆哮と共に大斧を振るうのはオックスの酒場の主ことダルト・オックス。彼が斧を振るうたびに天使達は両断され、輝く光の粒子となって消えていく。
その大柄な身体に隠れるようにして呪文をつぶやくのは宿を営む老婆、マーサ・モーリス。
ヒッヒッヒッヒッお死去日おめでとう!
彼女が禍々しく呪文を口にし、その枯れ枝のような指をさすと天使達は黒い霧に蝕まれ、まるで藁の塊のようにバラバラに崩れ去った。
唇に囁きを
その隣で聖句を紡ぎながら槌矛を振るうのは教会の僧侶、マディ・カント。
胸には歌を
神に仕える身でありながら、その攻撃には微塵の容赦も躊躇いもない。
心には祈りを
なぜなら彼が信じるものは、たった一つ。金だからだ。
そして彼のものに救いを与えたまえ!
聖句の成立と共に、天使の一団が一瞬にして灰と化し、消滅した。
お前さん、そんな攻撃魔術なんか使えたのか! 大した威力だな
驚いて声を上げるオックスに、にっこり笑ってマディは答えた。
なぁに、ただの蘇生魔術ですよ
死んでもこいつには蘇生を任せないようにしよう。オックスは心の底から、そう誓った。
そこから少しはなれた場所で、ノームは杖を振るっていた。彼女の身の丈ほどの長さの杖を両手に二本持ち、彼女は縦横にそれを振るう。その先からは炎の弾が飛び出し、天使達に当たるや否や爆発を起こし、周りの天使達を巻き込んで燃やす。
それは彼女が扱う中でも最高級の呪具。魔術を扱えないものでも振るうだけで火炎弾を飛ばすことの出来る杖だった。一発金貨一枚に相当するそれを惜しげもなく振るい炎の華を咲かせながら、彼女はOlに送る請求書の金額を思い浮かべた。
雄たけびを上げ襲い掛かってくる天使に魔力の切れた杖を投げつけ、三本目、四本目を取り出して火炎弾を放つ。しかし、その炎の中を一際強く輝く天使が突き抜け、剣を振りかざした。
間に合わない。
一瞬死を覚悟して見開かれたノームの瞳に次の瞬間映ったのは、首が胴から離れ消えていく天使の姿だった。
腕は衰えていないようですね、無音のキース
光の粒子となって消えていく天使の背後にあった姿を認め、ノームはほっと安堵の息をついた。とりあえずは天使の一団は殲滅できたようだ。
その名で呼ぶのはやめてくれ
キースはばつの悪そうな表情でそういった。
後ろ暗い過去を持つものたちの中で、その名を聞いて震えぬものはいない。音もなく近づき、音もなく殺す。ついた二つ名が無音。以前の彼は、音に聞こえた暗殺者だった。人相も性格も何もかも違うが、ノームだけはそれに気付いている。
音に聞こえた無音、なんざ駄洒落にもならねえ。暗殺者が名を知られるなんざ未熟な証拠だ。それに、今の俺はただのキース。Olタウンの胡散臭い案内役さ
彼にもまた、知られたくない過去と、それを抜け出しただけの理由があったのだろう。ノームはそれを聞こうとはしない。彼女もまた、同じような事情を持っているからだ。
彼らだけでもない。この街の誰もが、そうだ。ならず者のろくでなし、最低最悪のごろつきが集まる街、Olタウン。そんな街を多分、彼らは愛しているのだ。
それより、とキースは彼方に視線を向けた。その視線を追うと、こちらを目指して翼をはためかせる新たな天使達の姿が見えた。そして、その背に乗る、天使達とは異なる白い影が。
ようやく本気になったみたいだな
キースは呟き、声を張り上げた。
野郎ども! いよいよ敵さんの本隊の登場だ!予定通り、全力でいくぞ!
おお!!
威勢よく返す冒険者達に、キースは叫んだ。
全員
逃げろぉぉぉぉぉぉ!
最終話地を這う者の意地を見せ付けましょう-4
暗い迷宮の中を、白一色の一団が歩いていく。
前衛に鉛と竜殺し、そして不死身。後衛には槍を持つ無明と弓を持つ魔弾が続く。英霊5人。無数の天使達を派遣して尚落とせぬ難攻不落の迷宮に、メリザンドはついに業を煮やし、切り札ともいえる彼らを繰り出した。
最短ルートで一気にいくぞ。無明、道案内頼んだぜ
不死身の言葉に、無明はこくりと頷いた。どれだけ迷宮が複雑に入り組んでいようと、罠が仕掛けられていようと、千里を見通す無明の前には無意味だ。彼は既にOlの迷宮の最奥、ダンジョンコアの存在まで完全に看破していた。
だが最短は、無理だ
続く無明の言葉に、不死身は首を傾げる。英霊が5人もいれば、避けるべき敵などいない。罠も魔物も踏み越えて進むつもりの不死身に、無明は無言で前方をさした。
ゴブリン?
英霊達に向かって突進してくる小鬼の群れに、鉛と竜殺しが無造作に剣を振るう。それだけで十数匹の小鬼たちは即座に絶命した。
これがどうしたってんだ?
この程度の相手、英霊達にとっては障害にもならない。不審そうに眉をひそめる不死身に、無明は短く答えた。
来る
彼がそう呟いた瞬間、無数のゴブリン達がどっと押し寄せた。
なんだこりゃ!?
思わず不死身は叫んだ。十匹や二十匹などという数じゃない。文字通り通路を埋め尽くすくらい大量の小鬼達が、折り重なるようにして怒涛の勢いで彼らに迫っていくのだ。
いや、待て、ちょっと待て!?
慌てて不死身は剣を振るうが、ゴブリンを殺しても天使や悪魔のようにその身体は消えるわけではない。その死体を踏み越え投げつけ蹴り飛ばし、ゴブリン達は血走った目で英霊達に津波のように迫りそして、通り過ぎた。
な?
あれは、不味いな
間抜けな表情で通り過ぎていく小鬼達を眺める不死身に、竜殺しが重々しい声で言った。
小鬼達の背後には、通路一杯を埋め尽くす、巨大な粘液状の生き物スライムだ。それが、逃げ遅れたゴブリンを飲み込みながら、かなりの速度で英霊達に迫ってきていた。
竜殺しが剣を振るい、魔弾が矢を放つ。スライムは真っ二つに切り裂かれ、無数の穴を穿たれるが、一瞬にしてその傷は修復された。
迷宮を壊すつもりでやれば消せるかも知れんが、どうする
重々しく、しかしどこかからかうような響きを含んだ言葉で竜殺しは尋ねた。
冗談じゃねぇ、そんな事したらこっちまで生き埋めだろうが!無明! さっさと逃げ道を案内しろ!
これだから自我のない英霊は扱いにくいんだ。不死身はそう内心で愚痴りながら、無明の後ろをひた走る。彼らは基本的に命令された事以外をしない。報告も端的で的を射ない事が多く、多少反抗的でも鉛や竜殺しの方がまだマシだ。
そんな事を思いながら通路を走る彼らの前に、突如として天井が落ちてきた。咄嗟に身をかわし圧死は免れたが、英霊達はどうやら壁で分断されたようだった。
おい、無明! 罠はちゃんと確認してたんじゃないのか!?
これは罠ではない。迷宮が
壁越しに聞こえた無明の声が、ずんという振動と共に完全に聞こえなくなる。
敵の胃袋の中ってわけか
不死身は舌打ちした。この迷宮自体が魔王Olなのだ。何の仕掛けがなくても、ある程度はその中身を操れるのだろう。
いいだろう。どっちにしろ一人の方がやりやすいってもんだ
不死身は呟き、一人迷宮の奥へと歩みを進めた。
分断された、か
目の前を遮る壁を睨み、竜殺しことウォルフは呟いた。
元より一人で戦うことをその旨とする英雄達だ。むしろ群れる事の方に違和感があったので特に異存はないが、道を見ることができる無明と離れた事だけは少し手痛い。指揮官がいなくなった以上、自我の無い英霊はまっすぐにOlの元へと向かうだろう。
先に辿り付かれ、殺されるのは少しばかり面白くない。
とは言え木偶人形に殺される玉でもなし、か
いずれにせよ、今の彼に出来る事は聖女の命に従い魔王の元を目指すことだけだ。襲い掛かってくる無数の魔物達を無造作に切り捨てながら、彼は悠々と迷宮の通路を突き進んだ。
最強にして最古の竜メトゥスを倒したウォルフは、いかなる竜よりも強い。これはもはやただの戦闘能力の差ではなく、この世の法則となった。竜殺したる彼は、いかなる竜も一撃で殺す事が出来、いかなる竜からも傷を受けることは無い。この法則は、距離にも数にも左右されず、竜の姿を見ることさえ出来ればどんな時にも適用される。
そして、地上最強の種である竜より強いということは、地上のいかなる存在よりも強いということでもある。流石に竜以外も問答無用で殺せると言うわけではないが、純粋な戦闘能力で彼はあらゆる敵を圧倒し、屠る事が出来た。
しかし、それにも唯一、例外と呼べる相手がいる。
目の前で土を纏い、形作られる姿を見上げ、ウォルフは愉快げに声を上げた。
お互い死してなお戦わされるか。さても難儀な事だな
ウォルフはメトゥスの死骸を見上げ、剣を抜きながら獰猛な笑みを浮かべた。
魔弾人であった頃の名をレックスという彼は、己が根底に根ざした命令に基づき、迷宮をひた走っていた。敵があればそれを射殺し、魔力の流れを逆に辿って最深部を目指す。
その動きは生前の英雄であった頃と比べてもなんら遜色なく、むしろ勝るほどのものではある。しかしその目に生気は宿らず、ただただ冷徹に彼は目的に向かってひた走る。
だから、迷宮の一室が突然木に覆われ、森のようになっていてもそれを全く気にかけようとはせず、彼は無造作にそこへ足を踏み入れた。生前の彼であれば、その森の美しさに目を奪われ、あるいは迷宮にそんな場所があることを不審に思っただろう。
途端、飛んでくるのは無数の矢。高い天井をぎっしりと覆うように飛来したそれを、魔弾は一瞬にして全て撃ち落した。同時に、敵の存在を感知して臨戦態勢へと入る。
ようやく会えたな、魔弾よ
どこからともなく声が響く。魔弾はその声の出所を慎重に探り、周囲を見回した。しかし、英霊といえども森に隠れたアールヴ達を見つけるのは容易な事ではない。
先日の雪辱今ここで、倍にして返させてもらうぞ
闇の中目を光らせ、エレンはそう宣言した。
よお、大将。アンタ自我あるんだっけ?
分断され、一人迷宮の道を進んでいた鉛ことザイトリードは、軽薄な調子でそう声をかけてくる男の姿に足を止めた。
その男の姿には、よく見覚えがある。ニヤニヤとした笑みは酷く似合っていなかったが、見間違えるはずもない。その男は、ザイトリード自身だった。
悪魔か
ザイトリードは剣を投げ捨て、両の拳を構える。
ご名答。なんだ、父ちゃんにでも聞いたか?
同じような動作で、ローガンは拳を構えた。赤と白。お互いに同じ顔をした、しかしけして相容れぬ二つが互いに向かい合う。
俺の身体、返してもらうぞ
幼女100人と交換だったら、検討してやってもいいぜ