へらへらと答えるローガンにザイトリードが吐き捨て、直後、二人は激突した。
無明は一人、迷宮の最短経路を突き進んでいた。時折迷宮の構造が変わるのが厄介ではあったが、どこでも無制限に変えられる訳でもないらしい。少なくとも、奥に行く道を全て塞いでしまう事は出来ないようだった。
他の英霊達は全員、何らかの敵と戦っている。敵はこちらを分断し、各個撃破するつもりのようだった。彼の行く手にもまた、敵が用意されている。敵はたった四人。四人とも女のようだ。
確かに多少は戦えるようではあるが、英雄とは比べるべくもない。一対四だろうがそれほど苦労せず勝てそうな相手だ。彼は槍を構え、敵の待ち構える部屋へと足を踏み入れた。
罠や援軍の存在も感じない。飛んでくる魔力の矢を槍で叩き落しながら、彼は一歩足を踏み出し、蹴りを放つ。その一撃で飛び掛ってきていた女剣士の剣が吹き飛び、彼女は地面を転がった。
流れるような動作で槍を振り回すと、後ろから忍び寄ってきていた盗賊を石付きで跳ね飛ばしながら、後衛で防御術を張ろうとしている僧侶へと槍を振り下ろす。
まずは防御役を潰し、次に盗賊、剣士を突き殺し、魔術師。無明の瞳は、闇の中から全てを見通す。それは単に遠隔視だけを可能にしているわけではない。それが例え光一つささぬ暗闇だろうと昼日中と同じように見通し、相手の筋肉の動きの一つ一つも精確に把握し動きを予測する。
だから、彼にはそれが見えなかった。
己の胸に突き刺さる剣の感触と、全身が焼け爛れる匂いに無明は一瞬混乱する。その攻撃は、彼が全く感知できない領域から放たれたからだ。
どんな暗闇であろうと見通す、という事は、言い換えれば彼は闇を見ることは出来ないという事でもある。
戦士三人、盗賊、僧侶、魔術師って、そりゃあオーソドックスなパーティだけどさ。6人中2人が亡霊って、どうなのさ
Faroは蠢く闇の塊デュラハンと先生を見ながら、そうボヤいた。
最終話地を這う者の意地を見せ付けましょう-5
暗く深い迷宮に、剣戟の音が鳴り響く。
無明は槍を振り回すと、ナジャの剣を弾き、同時にウィキアの放った氷の矢を叩き落した。同時に飛来するFaroの矢を軽々とかわし、Shalの張った防御膜をものともせずにナジャの肩口を貫いた。
しかしそこに、先生の剣が無明の腕をすり抜け、デュラハンの剣が足を捕える。
勝てる。ウィキアは背後にナジャを治療するShalを庇いながら、そう確信した。
Olが言うには、無明は後天的に英雄になった珍しい例であり、それゆえに素の身体能力はそれほど高くないらしい。何度もの攻撃を受けてなおその動きは些かも衰えず、防御魔術も気休めにならぬほどに鋭い攻撃。
どこがそれほど高くないなのか、と文句を言いたいところではあったが、他の英霊ならばそもそも初撃でShalは死んでいる。それどころか斬撃を飛ばし、ウィキア達4人をまとめて斬り殺すくらいの事はやってのけると聞いて、ウィキアはその無茶苦茶さに呆れた。
本来ならば、一流とは言え冒険者ごときが相手にしていい存在ではない。文字通り化け物を越えた化け物だ。
しかし、無明は初めて出会う見えぬ相手に相当戸惑っているようだった。先生はその手に持つ剣までが全て霊体だ。それゆえに物理的な傷は与えられないが、その剣で斬りつける度に無明の身体を構成する理力を削り取り、その力を萎えさせて行くのが見て取れる。
そしてアランデュラハンの魔術自体は見ることが出来るようだが、流石に光の速さで走る雷撃は避けきれない。ましてや、攻撃の際にカウンター気味に放たれるとなれば尚更だ。
Faroとウィキアが牽制を行いながら、ナジャは防御に徹し壁となり、Shalがすぐさまそれを回復する。そしてその攻撃の隙を突き、先生とデュラハンがダメージを与える。6人の動きは完全に噛み合い、ゆっくりと無明を追い詰めていく。
数度目の攻撃を受け、それまでよどみなく動いていた無明は槍を横に構え、ピタリと動きを止めた。これまでとは異なる動きに、ナジャ達は警戒し、動きを止める。しかし先生はそれを隙と捉えたのか、剣を振りかぶって突き進んだ。
先生、駄目だ!
嫌な予感に突き動かされ、ナジャは叫んだ。根拠は全くなかったが、今の無明に近付くのは危険だと、彼女の本能が訴えていた。
そして、こういう時の彼女の勘はよく当たる。
先生は正確にその胸を槍に貫かれ、消え去った。ガランという音と共に、スリットのない兜が地面を転がる。
無明は露わになったその双眸で、しっかりとデュラハンの姿を捉えていた。
そのまま鋭く振るわれる槍を、デュラハンは辛うじて剣で逸らす。それはある程度ダメージを与え、無明の動きが鈍っていたからこそ可能な事だった。
デュラハンの姿を認識し、前衛を一人失った冒険者達は一気に劣勢へと追い込まれた。狭い部屋の中にも関わらず縦横無尽に閃き、常に先手を打つ槍の攻撃に反撃はおろか防御するので手一杯だ。
鋭く急所を狙い伸びる槍を防ぎながら、ナジャは死の覚悟を固めた。逃げようとすれば、即座にその動きを察知され、殺されるだろう。
三人とも、逃げろ。私とアランで何とか食い止める
槍を己が身に受けがっちりと掴めば、数秒は稼げるはずだ。
待って
一歩前に踏み出す彼女を、ウィキアが止めた。
ウィキア。これ以上は無理だ。無駄に
いいえ。勝つわ
確固とした声色で答えるウィキアに、ナジャは瞠目する。こちらの策が破れ、もはや打つ手はない。そういった状況に一番弱いのが彼女だということをナジャはよく知っていた。見下していたわけではない。そういう時こそ判断を下すのが、自分の仕事であると思っていたのだ。
ウィキアは息を整え、無明を睨み付けた。激しく鼓動する動悸を抑え、手に張り詰めた緊張をほぐす。これよりも、遥かに深い絶望を彼女は味わったことがある。絶対に敵わぬと悟り、それを骨の髄まで思い知らされたことがある。
それに比べれば、この相手のなんと容易い事か。
ウィキアは意識して、不敵に笑みを浮かべて見せた。
敵は自我を持たない英霊だ。こだわりもなく、迷わず最善手を打って来る。そんな相手が追い詰められるまで兜を脱がなかったのだ。しかも、その兜にはご丁寧に視界を確保するためのスリットすらないと来ている。単純な防御面以外に、何か理由があるはずだ。
ナジャ。Shal。命を私に預けてくれる?
ナジャは力強く、Shalは軽やかに、迷わず頷く。
Faroは
はいはい。まあ、付き合ってあげる
溜め息をつき、Faroは弓矢を構えた。ウィキアの視線の先で、デュラハンが剣を構える。彼には言葉は通じない。しかし、意図を汲んでくれているという確信がウィキアにはあった。
チャンスは一度。読みを外せば全員命はないし、タイミングを外してもアウトだ。
隙を作る。あわせて
閃光の様に突き出される槍を、デュラハンはあえて受け、それをつかむ。ウィキアは呪文を紡ぎ、その意を察してShalが聖句を紡ぐ。Faroは矢を放ち、同時に弓を捨てて短剣を引き抜き、駆ける。
無明は槍を手放し、腕を掲げ槍を再生成する。それと同時に振り下ろされる斬撃を、ナジャが剣を横に構え防ぐ。そこで唇の動きからウィキアの意図をようやく察した無明が、槍を彼女に向けた。
しかし問題ない。Shalかウィキア、どちらかが生き残ればこの手はなる。呪文を続けながらも己に向かって突き進む槍を凝視し、ウィキアは覚悟を固める。その一撃を、虚空に浮かんだ白い腕がつかんだ。腕は瞬く間に増え、無明の動きを一瞬止める。先生の指揮下の亡霊だ。
その一瞬で、魔術は完成した。Shalと同時に魔力を解放しながら、ウィキアは叫んだ。
今よ!!
世界が、閃光に包まれる。眩い光の中、Faroが無明の脚を引き裂き切り倒し、デュラハンが防御に引き戻される槍を掴み、ナジャが兜を脱いだその首めがけて、両腕で剣を思いっきり振り切った。
勝った
閃光が収まり、チカチカと明滅する視界の中、ウィキアはその場に崩れ落ちた。首を刎ねられた無明の身体が光の粒子となり、消え去る。
兜を脱いだ無明は、見えすぎるのだ。どこまでも見通せるから、閃光は何倍もの量となって彼に襲い掛かる。今度は賭けに勝った事に安堵し、極度の緊張が解けたウィキアは意識を手放した。
雷鳴がとどろき、剣戟の音が飛び交う無明達の戦いとは裏腹に、魔弾とエレン達の戦いは殆ど音もなく行われていた。
アールヴ達は足音一つ、木の葉の擦れる音さえ立てず森を移動できる。常にその枝の上を飛び交いながら放たれる矢は正確無比にして感知不可能。並みの相手であればすぐさま全身に矢が突き刺さり、死ぬ運命しか残されてはいない。
しかし、残念な事に相手は並みどころか、超一流を自負する彼女たちさえ凌駕して余りあるほどの腕の持ち主であった。
不安定な足場であるにも拘らず魔弾は気にした風もなく縦横無尽に駆けた。流石にアールヴ達の居場所は捉え切れてはいないようだったが、襲い来る無数の矢を軽々とかわし、あるいは迎撃する。アールヴ達の矢はその身には一本足りとて届いていなかった。
手を取り合い、協力して戦いに挑む黒アールヴと白アールヴ、総勢100名。たった一騎で10万の兵に当たるとはまさしく化け物だ、とエレンは歯噛みした。
戦いの中でわかったのは、二つ。魔弾は射た矢が百に分かれることと、それら全てが恐ろしく正確に突き刺さることだ。
百発百中の自負を持つエレンではあるが、流石に相手が一発百中となれば分が悪い。その結果、アールヴ達は森に隠れながら牽制を繰り返し、相手はそれをかわしながらもアールヴを見つけきれないという膠着状態に陥っていた。
エレン、気をつけてください。相手の動きがおかしいです
セレスがエレンに囁き、注意を促した。言われてみれば確かに、魔弾の動きはおかしい。矢を避けるだけにしては、動きすぎている。
しまった、奴の狙いはこの森だ!
いつの間にか木々につけられている傷を見つけ、エレンは叫んだ。この傷は、的だ。
気付いた時には、もう遅い。
魔弾はその弓に十の矢を番え、千の矢を放つ。木々は見る間に倒れ、吹き飛ばされ、アールヴ達の姿は魔弾の前に露わとなった。
即座に魔弾は二の矢を番えると、彼女達に向けてひょうと放った。その矢は狙い違わずアールヴ達の左胸に突き刺さり、一人残らず地面に倒れ伏した。
動くもの一つなくなったその場を、魔弾はゆっくりと歩み去る。
その行く手を、突然木が立ち上って遮った。瞠目し、慌てて跳び退ろうとする彼の背中をぐいと大木が押し、その手足を絡めとりながら木々は見る間に成長していく。見る間に、彼の姿は木々の牢獄に完全に捕らえられた。
さて、白アールヴの姫君は健在か? 彼女は少々胸が小さいから心配だが
あなたと一寸も変わらぬでしょうっ!
言い争いながら、黒と白の美姫は立ち上がり、その胸から矢を引き抜いた。先端には僅かに血がついてはいるものの、心臓には達していない。その配下の者たちも続々と立ち上がり、胸に突き刺さった矢を投げ捨てる。服に空いたその傷口からは、光り輝く胸当てが覗き見えていた。
ドヴェルグどもの胸当て、なるほど薄く軽く硬い。あの小人達への評価も見直さねばならぬかも知れんな
白と黒。不倶戴天の敵とすら和解した彼女達は、ドヴェルグへの態度をも多少の軟化を見せた。エレンが手にする素晴らしい弓が、彼らの手によるものと知れれば尚更だ。
魔弾よ。貴殿の弓の腕、まさに天下一だ、認めてやろう。だが、貴様の弓は正確に過ぎる。外れた矢の事など気にも止めなかったのだろう?
アールヴ達の射た矢の半分以上は、生木をそのまま使ったものだった。森の中であれば、アールヴは全ての植物を操り、成長を促す事ができる。そして、正確な射撃ほど容易く防げるものもない。どこに撃ってくるかわかっているのだから。
出来れば貴殿とは、生あるうちに弓を競いたかったよ
そういい、エレンの射た矢は正確に魔弾の眉間を貫いた。
最終話地を這う者の意地を見せ付けましょう-6
おおおおおおっ!!
うおおおぉぉっ!!
音の同じ、しかし異なる雄叫びが響き渡り、拳と拳が激突する。その衝撃は空を伝わり、周囲の壁や天井をみしりと歪ませ、球形のひびを走らせた。