怪鳥の様な掛け声と共に、不死身は迷宮をひた走っていた。幾多の魔物や悪魔達が彼の行く手を阻んだが、彼は気にせず走り続けた。
無数の爪や牙、剣が不死身の身体を切り裂き、貫く。しかし、その傷は瞬く間に治癒し、まるで何事もなかったかのように不死身は一直線に最下層を目指す。
文字通り、不死であるが故の強引な突破方法だった。
彼の動きが止まったのは、第四階層に足を踏み入れたときだった。
第三階層から長い長い階段を下りたその先。小さな部屋で待ち受けていたのは、魔王Olだった。ここで初めて、不死身は剣を構えて見せた。彼の魔術だけは、油断がならない。
その身体が本体じゃない事くらいは知ってる。ダンジョンの核たる瓶の場所もな。通らせてもらうぜッ!
不死身は風の様な速さで、Olに迫った。その速度はユニスにも匹敵し、その鋭さはザイトリードにすら勝る。歴戦の英霊に相応しい力強さで、不死身は剣を振り上げた。
しかし、幾ら風の様に走ったとしても、彼は風ではない。その足は大地を踏みしめる必要があり、部屋丸ごとの床が抜ける中では走ることは出来なかった。
ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
長く声を響かせて落ちて行く不死身を見送り、Olはインプ達に埋めておけと指示した。
長い長い落とし穴の先には無数の槍衾がそびえており、並の人間なら即死、不死身の身体でも全身を槍に貫かれて動けなくなるはずだが、念には念を入れておいて困る事はない。
他の四人の英霊も、それぞれ十分に足止めできていることを確認し、Olは迷宮の動作を止めた。このままラファニスの首都を踏み荒らし、大神殿を破壊し尽くす事は可能だ。しかし、そうすればメリザンドは逃げ、姿を晦ますだろう。
そうなると困るのはOlの方だ。彼女が生きている限り、英霊は何度でも呼び出せる。少なくとも死んですぐに再召喚とはいかないようだが、永遠に呼べぬわけではないだろう。龍脈からダンジョンコアが切り離された今、延長戦はOlには不利にしか働かない。
準備は良いか
Olの問いに、ユニス、スピナ、リルは頷いた。
乗り込むぞメリザンド大神殿に!
その神殿の、最奥部。
なぁやっぱ逃げません? ボス
聖女の間で、不死身はメリザンドにそう尋ねた。
ならぬ
しかし、その提案に返ってきたのは何度聞いても同じ答え。強い否定の意志だった。
あのような術、そう長くは持たん。保って後一日程度であろう。であれば逃げる理由などない。むしろ、ここで討たねば更なる脅威となって襲いくるだろうよ
や、まぁ、それはわかるんですけどね
不死身は後頭部をかき、ため息をついた。
邪悪は全て滅ぼさねばならん。それに、逃げる意味など無い事を、お前は良く知っているであろう
強い口調で言うメリザンドに、不死身は無言で前髪を掻き毟った。
その時、二人は同時に侵入者の気配を関知して入り口の方を向く。
ま、ちょっと出迎えてきますわ
頷くメリザンドを背に、不死身は部屋を出て、客人を迎えるべく剣を抜いた。聖女の間の前の大広間。ちょうどそこに、Ol達が足を踏み入れているところだった。
貴様何故ここにいる
Olは不死身に問う。Olが彼を落とし穴に落としてから、殆ど時は経っていないはずだ。
さてねそれよりも、一回言ってみたい言葉があったんだ
不死身は剣を構え、にやっと笑みを見せた。
ここを通りたくば、俺をたおぉぉ!?
突如目の前に現れ、剣を振るうユニスの一撃を不死身は辛うじて受け止めた。
てめぇ、口上の最中に攻撃っぱ!?
殆ど同時にリルの放った炎の弾丸に、不死身の頭が半分吹き飛ぶ。
いい度胸してるじゃねえか、どいつもこいつも!
下半分しかない頭で、不死身は器用に怒鳴った。怒鳴り終える頃にはその頭は完全に復元している。恐ろしいまでの回復速度だ。
英霊ナメんじゃねぇぞ、オラァッ!
不死身の振るう剣を、ユニスは後ろに転移してかわす。しかし、それを読んでいたかのように不死身は一歩踏み出し、上段から剣を振り下ろした。Olの防御魔術がその剣を一瞬受け止め、両断される。
その隙にユニスは身をよじって剣をかわし、開いた不死身の側面にリルが火球を放った。不死身はそれを片手で受け止めると、逆にリルに向かって投げ返す。驚きに硬直するリルの前にスピナが躍り出て、それを手のひらで受け止めた。
ありがと、Ol、助かった
不死身から距離を取りつつ、ユニスは言った。
魔術を投げ返すとか、無茶苦茶ね
リルは改めて相手の強さに舌を巻いた。身のこなしも魔力の強さも、伊達に英霊ではない。
でもこっちだってねちょっと滅茶苦茶なのよっ!
リルは胎内のOlの魔力を使い、無数に分裂して見せた。
投げ返せるものなら投げ返してみなさいっ!
氷、炎、稲妻、風の刃。ありとあらゆる攻撃魔術が、不死身に降り注ぐ。不死身は前に走りながら、あえてそれを全て受けた。
こんなもんで、俺を止められると思ったら大間違いだッ!
粉々に粉砕され、燃やされながらも不死身は瞬く間に再生し、一刀の元に無数のリルを切り裂く。返す刀でOlを狙う刃を、スピナが両手を広げ庇うように立った。
構わず、背後のOlごと切り裂こうと剣を振るう不死身の前で、スピナの身体がぐにゃりと歪む。
そのまま彼女は粘液状に変化すると、不死身の剣を伝い彼の身体を完全に絡め取った。
なっ!
身体からスピナを外そうともがくが、スピナの身体は彼の額以外を完全に覆いつくし離れない。その唯一露出した額に手をあて、Olはずっと唱えていた呪文を解放した。
途端、不死身の手足からは力が抜け、がくりと崩れ落ちる。強力な睡眠の魔術が英霊にも有効である事は、既にユニス相手に実験済みだった。
思わぬ邪魔が入ったが、後は聖女だ。スピナ、念のため拘束は続けておけ
こくりと頷き、スピナは不死身を拘束したままもう一体分身を作り出した。
Olは三人を従え、奥への扉を開く。
とうとうここまで来たか。魔王Ol
メリザンドは、厳かにそう言った。その姿を目にした瞬間、スピナは目を見開き、リルは息を飲み、Olは言葉を失った。
その姿が幼い童女である事は、ユニスから伝え聞いていた。
何者だ、貴様は?
震える声で、Olは尋ねた。震える理由が、ユニスにだけはわからない。
大聖女、メリザンドと言いたい所だが、お前の問いたい事はそうではないのだろうな
メリザンドは自嘲気味に笑い、そう答えた。
聖女だと? ふざけるなこれがこんな、おぞましい呪いを受けたものが、聖女だと?
それは、魔術師であれば誰もが見て取れるものであり、英霊であるユニスには見えぬもの。
彼女にかけられた、黒く渦巻く禍々しい呪いだった。
強力、などと言う次元の話ではない。この呪いに比べれば、Olが今までかけてきた呪いなど、どれもこれも児戯の様なものだ。
これほどの凄まじい呪いをかけることが出来る存在を、Olはたった一人しか知らない。いや、思い浮かべる事ができない。
魔道、王
Olが呟く言葉に、メリザンドは微笑んだ。それは数千年前天に挑み、神を滅ぼした無限の魔力を持つ悪魔たちの王。
魔道王が作り上げた、けして老いず、けして死なず、けして穢れぬ悪魔達への無限の贄それが、私だ
微笑むメリザンドは童女のようでありながら、同時に老婆の様に見えた。
数千年の時を、私はずっと一人で生きてきた。何度も殺され、死ねぬ苦しみを味わいながら、少しずつ知恵を、力を蓄え、悪魔を完全に滅ぼすその日を待っていたのだ。それを
メリザンドはOlを、この上なく禍々しい瞳で睨みつけた。
貴様ごときに! 今更! 邪魔される訳にはいかぬのだ!不死身!
はいよっと
飽くまで軽い調子で現れる不死身に、Ol達は目を見開いた。
これをやりすぎっとさ。どれが本当の自分なのか、わかんなくなるんだよな。だからあんまりやりたくないんだが
そういいながら、不死身は自分の腕を切り落とす。すぐさま腕は生え、切り落とされた腕からはそっくり同じ姿をしたもう一人の不死身が現れた。
二人が四人、四人が八人。切り落とした腕からも、零れ落ちた血からも、沸き立つように不死身が現れ、彼は瞬く間に無数に増えた。
俺は血の一滴、毛の一本からだろうが復活できる。そこで、問題です
不死身はピンと指を立て、軽薄に笑った。
Olの魔窟を走りながら、俺は何滴の血を零したでしょうか?
ダンジョンコアが攻撃される痛みが、Olの胸を襲った。
最終話地を這う者の意地を見せ付けましょう-8
すぐさまユニスは空間を跳躍し、メリザンドに一瞬にして迫った。そのまま電光石火の素早さで聖女の首を、いとも容易く刎ね飛ばす。
無駄だ。死ぬ事の出来ぬ体だと言っただろう。そこな不死身の様に、不気味に増殖することは出来ぬがな
首を拾い上げながら、メリザンドは言った。
不気味とはひでぇな、ったく
ぼやきながら、不死身はユニスを取り囲んでその両腕を掴み、身体を拘束する。
! 跳べない!?
ユニスは転位して逃げようとするが、法術は全く力を現さず、万力のような力で締め上げる不死身の腕も振りほどくことは出来ない。
魔術は魔術をもって封印できる。であれば、法術を法術で縛ることもそう難しい事ではない
淡々と、メリザンドは言った。
ユニスッ!
ユニスを救おうと飛び掛るリルとスピナを、増殖した不死身が抑えた。いつしかOlたちの周囲を、無数の不死身が取り囲み、剣を突きつけている。
身体を押さえつける不死身から逃れようと身をよじるが、リルの魔術も、スピナの粘体化も上手く働かない。
悪いな。さっきの戦いで、お前さん達の力は解析させてもらった。俺もちょいとは法術が使えるんでね。魔力による動きなら、一回喰らえば大体防げる。爺さん、アンタの魔術もだ
不死身はOlを拘束し、そう言った。ダンジョンコアを、魔窟の中の不死身達が総出で攻撃している。かなりの硬度を持ってはいるが、後はこれを破壊すれば勝ちだ。
それを、聖女が止めた。
なんだい、ボス。敵の味方をしようってのか
声に嫌な予感を滲ませながら、不死身は尋ねた。
これだけの被害を与えられて、ただで済ましたのでは気が済まぬ
メリザンドはすうと目を細め、冷酷な瞳でユニスを指差し、言った。
この娘を、犯せ
おいおい、ボス。やめてくれよ、あんたらしくもない
不死身は努めて軽薄な笑みを浮かべ、へらへらとそう言った。
二度は言わん。命令だ
その言葉に、不死身達は悲しげに眉を落とした。
わかりました、ボス
渋々そう答え、不死身はユニスの服に手をかけた。
悪いな、お嬢ちゃん俺もこんなこたしたくないんだけどよ
そして、一気に引き剥がす。ユニスは声をあげず、奥歯を食い縛りながら炎が噴出さんばかりの瞳で不死身を睨んだ。
その様子を、面白くもなさそうにメリザンドは眺める。少女が抵抗も出来ず複数の男に犯されるなど、胸糞の悪くなる光景だ。しかし、それでもなお彼女の胸の中の憎しみはそれを命じさせた。
自分には、いなかった。
己を愛してくれる人も、己が愛する人も、己を助けてくれる人も、己を認めてくれる人も。誰一人、いなかったのだ。なのに何故、何故魔王の貴様にはそれがいる。メリザンドは、胸中でそう慟哭する。
穢し、壊してやらねば、気がすまなかった。
不死身よ
拘束したユニスを取り囲み、今まさに陵辱を始めようとする不死身にOlは低い声で言った。
やはり、貴様は、詰めが甘い
なに?
拘束され、何も出来ないはずのOlに不死身達は動きを止めて視線を向ける。
リル。スピナを支えてやってくれ
! わかった
その短い言葉でリルはOlの意図を汲み取り、こくりと頷く。
ユニス。しくじるなよ
? Ol?
ユニスはその意をはかりかね、彼の顔を見つめる。
スピナ。或いは、リルかも知れん。しかしやはり、最初に気付くのはお前であろう。頼んだぞ、我が弟子よ
お師匠様?
それは、まるで。
スピナがその考えを意味にする前に、轟音と共に巨大な岩の塊が天井を突き破って落ちてきた。岩の中央には大きく穴が空き、そこから覗いているのは大量の不死身達と、ダンジョンコアだった。
かつては一層丸ごと埋め尽くしていたダンジョンコアは、今や一室ほどの大きさにまで縮まっている。しかし、これだけあれば十分だとOlは踏んだ。
巨人の指が、その身に残った最後の魔力を振り絞り、ダンジョンコアを押しつぶす。
スピナ、ユニスを守れ!
Olが叫んだ瞬間、ダンジョンコアは粉々に砕け散り、中に入っていた大量の魔力があふれ出してあっという間に液体から気体へと変じた。