赤と白。相対する同じ顔の男は、人知を遥かに超える速度で動き、その豪腕を振るう。その度に周囲には風が渦巻き、破壊を撒き散らした。
互いの膂力、速さ、身のこなしはほぼ互角。一撃加えれば人を即座に粉々にできるほどの威力を縦横に振るいながら、ローガンとザイトリードは互いに致命傷を避け、果て無き戦いを繰り広げていた。
その動きに、ザイトリードは内心舌を巻く。その力は間違いなく己の身体によるものだ。しかし、それをこれほどまでに使いこなすとは、中の悪魔もおよそ見くびれる相手ではない。
悪魔よ。貴様、名をなんと言う
悪いが幼女以外に名乗る名前はねぇっ!
ローガンは先手を打ち、全身のばねを使って突進すると前蹴りを放った。単純なその攻撃も、ザイトリードの筋力を使えば矢よりも早く槍より重い一撃となる。ザイトリードは半身になってそれを背にするようにかわすと、そのまま左腕をしならせ裏拳をローガンに放った。
ハンマーの如く空を切り裂くそれを、ローガンは上半身を前に倒してかわし、そのままの勢いで廻し蹴りを放った。それを喰らい、膝を落とすザイトリード。しかし、彼はそのまま足を伸ばすとローガンの足を払った。
鋼の棒のような蹴りに足を払われ、地面に倒れこむローガンにザイトリードは全体重をかけた肘打ちを追い込む。それを両手で受け止めるローガン。しかし、彼の無防備になった腹をザイトリードはもう片方の腕で渾身の力を込めて殴りつけた。
ぐっ!
呻き声をあげながらも、ローガンはお返しとばかりに彼の側頭部に膝蹴りを放つ。たまらずザイトリードは地面を転がり、距離をとった。
なかなか、やるじゃ、ねぇか
息を整えながら、ローガンはぼやく。認めたくはないが、ザイトリードもまた同感だった。
だが!
ローガンはあえて、先ほどと同じように踏み込み、蹴りを放った。幾ら早く鋭い攻撃といえど、同じ手であれば簡単に対応できる。ザイトリードは僅かに身体をそらし、最低限の動きでそれをかわすとカウンターをローガンに叩き込もうとした。
その瞬間、彼の全身がいきなり燃え上がる。全身を焼く地獄の業火に、ザイトリードは慌ててその能力を用い、火をかき消した。その鼻面に思いっきりローガンの一撃が決まり、ザイトリードは吹き飛び、壁に叩きつけられる。
やっぱりその鉛の力使うのに一瞬、溜めがいるみてぇだな
ニヤニヤと笑みを浮かべ、ローガンはそう言った。
生前はあらゆる魔術を受け付けなかったそうだが英霊になり、それはあらゆる術を打ち消す能力に取って代わった。一見他者にも使えるようになって能力が強くなったように見えるけどよ。そいつは間違いってもんだ。英雄はその人生で魂を磨き、英霊になる
ぽんぽんと炎を生み出し、それをお手玉の様に弄びながら、ローガンはザイトリードを見下ろした。
お前さん、磨き方がちょいと足りなかったみてぇだな。正直、生前の方が強かったと思うぜ
それは、人の魂を何百年と見続けてきたローガンだからこそわかる事だった。
目の前の英霊は、最後の最後で己を裏切り、道を違えた。その後悔が彼の魂を曇らせ、弱くしているのだ。
悪魔よ。お前の、言う通りだ
ザイトリードは自嘲気味に笑みそして、ローガンを見据えた。
感謝しよう。貴様と出会えたことを。そして
ザイトリードは身体を起こした。思えば、彼の人生は周りを否定して生きてきたものだった。魔術を否定し、敵を否定し、あらゆる物を破壊して生きてきた。偉大すぎる父王の威光を嫌い、しかし逆らう事もできず反発しながらも妹を殺し、妻を殺した。
その結果がこの様だ。悪魔の言葉は彼の耳に痛く響き、痛快に彼の心を殴り飛ばした。
俺の目を、覚まさせてくれた事を
もう、否定はしない。思うとおり、自ら信じた道を進む。自らに与えられたもの、持つもの全てを肯定して。
目の前でザイトリードの姿が掻き消え、彼はローガンの首を掴んだ。そのまま己とそっくり同じだけの大きさを持つ彼を、まるで薄絹でも振り回すかのような軽さで持ち上げ、壁に叩きつける。
がっ!
そのまま壁に擦り付けるようにロ-ガンの身体を引き摺り、壁に丸い一文字の溝を掘り抜いて投げ飛ばした。
ローガンは炎の塊を牽制に飛ばしながら空中でバランスを保ち、距離を取る為に空に浮かび上がる。しかし、ザイトリードはそのすぐ目の前に現れると彼の手首を取って天井に叩きつけ、その反動を利用して一気に地面へと振り下ろした。
分厚い石畳が砕け散り、床を突き破ってローガンは一階下まで吹き飛ばされた。ザイトリードの肉体の頑強さはその攻撃にさえ耐えたが、流石に全身の骨がバラバラに砕け散る感覚があった。
おい、さっきから迷宮を破壊しすぎだ
うるせえ、相手に言え! なんなんだよ、ありゃあ!
Olから入る念話に、ローガンは怒鳴り返した。常軌を逸した速さと力。恐らく彼は、法則を無効化したのだろう、とローガンは考えた。空気抵抗や重力。そう言った法則さえ無視できるようになったのだ。余計な事を言わなければ良かったと後悔するが、それはもう遅い。
上階の天井から、一気に加速して止めを刺しに来るザイトリードの姿がローガンの瞳に映る。自分の戦いはここまでだ。後はOlが何とかするだろう。そう考えたローガンの頭に、再度念話が届いた。
ろーがん、かったらね
それは、彼が愛して止まない天使の囁き。
ちゅーしたげる
うおおおおお!
ローガンは思わずガッツポーズを取り、がたっと立ち上がる。勿論、彼が宿るザイトリードの肉体は動けないから、そこから抜け出したローガン本人の身体だ。
そして、それが偶然、ザイトリードの突進に噛み合った。速度をつけた必殺の一撃。それにカウンターの形で突如突き出た赤い腕に、ザイトリードは己の力を受けて吹き飛んだ。
あ、あれ?
勿論ローガンの腕も無事では済まずぐちゃぐちゃにひしゃげたが、半身を砕かれ転がるザイトリードに比べれば随分軽症だ。
とりあえずローガンは転がるザイトリードの英霊をその身体に押し込み、ぐるぐると縛りつけた。魂は半分砕かれ、肉体も全身骨はバラバラ。流石の英霊もこれならそう簡単には復活しないだろう。
まあいいか! おっしゃーマリーのちゅーだ!
あまりにもあまりな結末は深く考えない事にして、炎の悪魔は能天気に快哉を叫んだ。
むぅん!
気合を入れて放った斬撃は、巨木の様に太い竜の前足をスッパリと切り落とした。しかし、その傷はほんの一呼吸ほどピタリとくっ付き、消え去る。
これは厄介な相手だ。
振るわれる爪の一撃を交わしながら、英雄王ウォルフは一人ごちた。
竜の遺骸などと言うものは、それそのものが凄まじい密度を持った魔力の塊に等しい。角、爪、鱗、瞳、血、臓腑に至るまで、体中全てが濃密な魔力を持ち、神秘で出来ている。
ましてやそれが最古の竜メトゥスであり、魔力と瘴気に溢れたこの迷宮であれば放っておいてもその身は瘴気を取り込みアンデッドと化す。
しかし、そうであってもウォルフの敵とは呼べぬはずだった。何せこちらは英霊として生まれ変わった身。死ぬ直前のウォルフは天命を背負い、死すべき定めの代償として己の領分をはるかに越える力を振るい、メトゥスを倒した。
今のウォルフはその時に匹敵する程の力を持っている。若く強い全盛の頃の肉体と、老成し円熟を極めた精神。そして最古の竜を殺すほどの覇気。勿論、英霊である彼は瘴気渦巻くこの迷宮内ではその力を十二分には発揮できないし、相手にとってそれは正逆。不利は承知の上だ。
それでも尚、彼にはただ瘴気を吸い蘇っただけのメトゥスになら容易く勝つ自負と、能力があった。しかし。
メトゥスは素早く爪を振りかざし、ウォルフを切り裂かんと振り下ろす。側面に回りながらそれをかわし、一撃を加えようとするウォルフに、爪を振るった勢いでメトゥスは彼に尻尾をたたきつけた。
剣を一閃、尻尾を切り落としてそれを防ぐウォルフ。しかし、メトゥスは尻尾をピタリと止め、尾を再生させた。尾の断面から無数の触手の様なものが伸び、互いに絡まりあってウォルフを捕らえ、押しつぶそうとする。
高く跳躍しその隙間から抜け出すウォルフの目の前に、ぐるりととぐろを巻くようにして身体を丸めたメトゥスの顔があった。大きく開かれたその口の中から、猛毒の吐息が吐き出される。その毒性の強さに、壁が溶け、石畳がぐつぐつと煮えるかのように泡立った。
ウォルフは身体の表面を毒に冒されながらも何とかそれをかわす。
死から蘇ったメトゥスは、明らかに生前よりもその凶悪さを増していたのだ。硬い鱗を備えた肉の代わりに骨を覆う土は柔らかく容易く切断できるが、すぐに再生してしまう。
その吐く息の毒性ははるかに強力になり、石を溶かし英霊さえも冒す。
そして何より厄介なのが、その戦い方だ。幾ら再生能力があろうと、強力な武器を持とうと、その核となっているのはメトゥスの骨だ。骨さえ全て砕いてしまえばメトゥスはただの土くれに戻る。
しかし、両脚や牙、尻尾を縦横に操り、己の再生能力さえ武器として振舞うその戦い方に、ウォルフほどの英霊を持ってしても攻めあぐねていた。
その動きに、ウォルフはただの亡者ではなく、何らかの生き物の魂を感じていた。人間ではない。人間であれば、その動きは理に適い読みやすいものになる。これはメトゥスによく似た、本能のまま動く獣の動きだ。
にも拘らず、彼はそこに確かな知性の輝きをも見出した。突き出された右の爪が途中で止まり、死角から左の爪が襲い掛かる。隙を見せたかと思えば、そこに尾の先端が待ち受ける。わざと剣を受け、ついた傷で次の斬撃を受け止めすり抜ける。
フェイントや絡め手、奇襲。高い知性を持ったものしか為しえぬはずの動きと、本能に根ざした野生の獣の動き。相反する二つの気配を目の前の巨竜は帯びているのだ。
認めよう貴様こそが、我が生涯最大の敵であると!
ウォルフは剣を掲げ、宣言した。そしてメトゥスに背を向けると、目の前の壁を両断する。
相反する二つの気配。それは、若い頃のウォルフがよく親しんだものとよく似ていた。即ち、よく訓練された軍馬と、それを駆る騎士のものだ。息のあった人馬は時にその力を三倍、四倍と増す。
そして、メトゥスの細かな動きの癖、傾向から、ウォルフは操り手の場所を読んだ。果たして、ウォルフの切り捨てた壁の向こうにはメトゥスを操っていたものが潜み隠れ、指示を送っていた。
そのまま剣を突き、一息に首を刎ねようとするウォルフの剣が、一瞬にぶり、止まる。
その隙は致命的だった。彼の下半身をメトゥスの爪が跳ね飛ばし、残る上半身を踏みつける。地面に押し付けられながら、もう一度ウォルフは操り手を見た。
小麦色の髪を、ポニーテールにした少女。普段は違う髪形なのか、妙に似合わぬその髪形以外は、似ても似つかない少女だった。あれほどの操り手の正体が素朴な少女であった事にも驚いたが、ウォルフは己が目を疑った。
何故、一瞬この少女がユニスに見えたのか。
その疑問に答えるように、少女は言葉を紡いだ。
一瞬英霊に通じるのはほんの一瞬だけ、ですけど、娘さんに見えるような幻影をOl様がかけていたんです
ミオはメトゥスに脚を上げるように指示すると、ウォルフの身体を抱き起こした。
もし、一瞬でも王様が躊躇するようでしたら助けよ。躊躇せぬようであればそのまま踏み潰せ。Ol様は、そう仰っていました
躊躇していなくても倒せると言うつもりか。く、と喉を鳴らし、英雄王は唇を歪めた。半身をなくしてはどの道これ以上戦えない。
聖女の命令はOlを殺せであって目の前の娘を殺せではないのだから、最終的な目標が達成不可能になった今、彼女に敵対する意味もない。それよりも彼は、娘自身に興味を持った。
名は何と言う
ウォルフは、娘に尋ねた。すると、娘は破顔し、嬉しそうに答える。
ジョセフィーヌと言います。普段はファイアドレイクなんですけど、今日はこの子の中に入ってもらっててあ、どっちも女の子なんですよ
娘の名を尋ねたつもりの英雄王に、竜の名を答える少女に、ウォルフは今度こそ大笑いした。
ジョセフィーヌ、か。よい名前だ。なあ、お前も恐怖(メトゥス)などと呼ばれるより、よほど良いであろう
暗い迷宮の中、明るい英雄王の笑い声が響き渡った。
最終話地を這う者の意地を見せ付けましょう-7
とりゃあああああああ!