膨大な魔力の圧力は爆風となり、不死身達を吹き飛ばす。魔力と理力は共に正逆。大量の魔力は、理力で出来た英霊の身体を打ち消し、消滅させていく。その爆風の中、スピナは拘束を解かれ、粘体に変ずるとユニスをくるむようにして爆風から守った。
その場の全ての法術が消え、力を取り戻したユニスは服を作り直すと、スピナとリルの手を取り転移してメリザンドから距離を取った。
お師匠様がお師匠様が!
取り乱すスピナの頬を、リルが張り飛ばす。
落ち着きなさい、ネリス・ビア・スピナ!
ラズの孫弟子といえど、直接の師弟関係ではない。リルのその言葉は呪的な拘束力を持たなかったが、それでもスピナの心を落ち着かせた。
Olは、あなたに言ったのよ。頼むって
雑事や分担ではない。
本来なら自分がすべき仕事を、Olが初めて、他人に託したのだ。あの、誰も信じなかったOlが。
Olは生きてる。私がこうしてまだここにいるんだから間違いない
リルの言葉は半分ハッタリだ。Olが死んだとき魔界に帰るという契約は、彼女がラズの記憶に目覚めたときに破棄されている。
しかし、彼女はOlの生存を微塵も疑っていなかった。あの、殺しても死なない喰えない爺が、この程度で死ぬ訳が無い。
私達がすべき事は、核を探し出す事よ。核はメリザンドじゃなかった。Olと同じで、何か核となるものがどこかにあるはずなの
でも、この神殿の中は全部探したよ
ユニスはやや気弱に言った。万が一にもメリザンドを取り逃がしてはならないと、神殿の中はくまなく探索した。そのどこにも、核らしきものはなかったのだ。
そう、なのよね
リルは眉をしかめ、考え込んだ。魔術での探査も行い、神殿内だけでなく地下や上空も調べた。しかし、見つからない。
唸りながら考えるリルをよそに、スピナはOlの最後の言葉を思い返していた。彼は、最初に気付くのはスピナだろう、と言った。魔術師としての知識は、リルの方がはるかに上だ。実戦経験ではユニスに敵うべくも無い。
スピナの長所は、ただスライムであり、魔術や魔力を無効化できるという事だけだ。それでも、Olは彼女を連れてきた。単純な情などに流されるOlではない。つれてきたからには、つれてきたなりの意味があるはずだ。
やっぱり、生きてたか
ユニスが苦々しく呟く。彼女の視線の先には、不死身達が大挙して走ってきていた。消し切れなかった分がいたのか、それとも無からでも再生できるのか。いずれにせよ、捕まれば先ほどのやり直しだ。
スピナ、リル、あたしが足止めするから後、お願いね
待ってください
駆け出そうとするユニスを、スピナは止めた。
Olは、聖女を指して自分に似ていると言っていた。そして、スピナに対しても。ならば、スピナと聖女もまた、似ているのかもしれない、とスピナは思った。
その考えはそのまま、自分なら核をどこに隠すだろう、という思考へと移った。最大限守りやすい場所に置くのが当然、とOlはいい、しかし神殿にはなかった。
かといって、大事な自分の魂の様なものを、辺鄙な所に置いておく気にもならないだろう。メリザンド自身はここにいるのだから、自分の目の届くところに置いておきたいと思うはずだ。
目の、届くところ。
空に満ちる、理力。
あたりまえの、力。
あの時リルは、なんと言いましたか?
あの時?
お師匠様が、理力について説明したとき
言いかけ、スピナは思い出した。パズルのピースが一気に揃い、繋がっていくかの感覚を覚えて、彼女は空を指差して叫んだ。
あれです核とは、太陽です!
顔を見合わせたのは一瞬の事。ユニスは二人を抱きかかえると、瞬時に転移した。
ユニス、さすがに太陽そのものって事は無いはず! もうちょっと手前よ!
わかった!
雲を抜け、上空を駆け、ユニスは見える範囲へ転移を繰り返しどんどん上昇していく。青かった空がどんどん白み、そして黒く染まった頃、それは見つかった。
星?
ユニスはそう呟いたつもりだったが、声は出なかった。音を伝える為の大気は、既に周りから失われていたのだ。
それは、巨大な、あまりにも巨大な球体だった。ガラスの様に透き通り、中にはやはり透明の液体がたっぷりと満たされ、こぽこぽと時折泡が立ち上っていた。
間違いない。これが、メリザンドの力の源、理力の核だ。太陽の影に隠れ、空を回り、その光を理力として蓄えていたのだ。
リルはスピナとユニス、そして自分の胎内に納まっている魔力を最大まで引き出し、練りこんだ。声が出せないから、呪文は使えない。ならば、魔力を直接ぶつけるしかない。
いけーーーーーーー!!!!
ぐっと突き出された右拳から、弾丸の様に魔力の塊が放たれる。リルは歯を食いしばりながら、魔力を放出し続けた。彼女の身体がどんどん縮み、幼くなっていく。身体を構成する魔力まで振り絞っているのだ。
変化が現れたのは、彼女の身体が手の平ほどの大きさにまで縮んだときだった。ぴしり、と僅かに入ったひびは瞬く間に広がり、核全体を覆いつくしていく。ユニスはリルとスピナの身体を掴んで、地上へと跳躍した。
次の瞬間、核は内部に溜めた理力の圧力に耐えかね、爆裂四散した。
いやはや、負けたね
太陽の影で破裂する核を感じながら、不死身は呟いた。過去に拘り、囚われたメリザンドと、未来の為に迷宮を捨て、己の命さえ捧げたOlの差か。それとも、味方を信じ、仲間を作ったOlと、孤独なメリザンドの差か。
いや、単に運の問題なのかもしれない、と不死身は思った。幸運の女神はいつだって身勝手で気まぐれだ。
不死身の身体は末端からゆっくりと消えていく。理力の供給がなくなれば、増えた身体は維持できないし再生も出来ない。後には本体が残るだけ
つまり、全ての不死身は消えるという事だ。
なあ、ボス。いや
不死身の姿は消え行きながら、最後に本来の姿を取り戻していく。
性別も、能力も、見た目も、性格もまるで正反対の。
私。最後まで、付き合えなくて、ごめんな
メリザンドは英雄ではないし、死んでもいない。その魂を元にして、理力で作った人工の英霊。それが不死身だった。
それとどうか、出来れば
その最後の言葉は、伝えられる事の無いまま、消えた。
呆然とへたり込む聖女の下へ、とん、とユニスは降り立った。彼女もまた理力の供給を断たれ、これ以上法術を使うことは出来ない。が、自分の肉体を持っているお陰で消えることはなかった。
星核を失った今。私はもはや、何も出来ぬただの子供だ
ぼんやりと、メリザンドは呟いた。
好きにするがいい首を刎ねようが、心臓を抉り出そうが死なぬこの身。さりとて痛みは感じる不便な身だ。さぞ、甚振り甲斐がある事だろうよ
メリザンドは自嘲の笑みを浮かべた。そのような扱いを受けたのは、何千年前のことだったか。
ならば貴様には、死んでもらおう
聖堂に響いたその声に、三人の娘は表情を輝かせ、聖女に背を向けて駆け、飛びついた。
ご主人様!Ol!お師匠様!
本体をフィグリアにおいていたからな。来るのが遅れた。だが、良くやったな
頭をそっと撫でられ、今まで見せた事のない笑顔を見せるスピナの隣で、リルは尋ねた。
Ol、今度はどんな手品を使ったワケ?
簡単な事だ。俺の命は、最も大事なものに封じてある
リルは首をかしげ、次の瞬間、胸をときめかせた。ダンジョンコアが一番大事なものじゃない、という事は、それ以外に最初からあるものと言えば、一ついや、一人しかいない。それに、この前の乱交の時、Olはリルの胎内にこれ以上ないほどの精を注ぎ込んだ。まさかあれが伏線だったとは!
ダンジョン自体だ
だと思ったよこのダンジョン馬鹿!
涙目でリルは怒鳴った。
っていうかそれ、わかっても全部破壊とか出来るわけ無いじゃない
呆れた様子でユニスはため息をついた。空の上の更にその上に核を浮かべるメリザンドも相当だが、Olはその更に上だ。
ですが、お師匠様。ダンジョンコアを破壊してしまってよかったのですか?
ニコニコと緩む頬を抑え、冷静さを取り繕おうと無駄な努力をしながらスピナは問う。
ああ、問題ない。その為に魔力はたっぷり女達の中に保存しておいたからな。ダンジョンの維持をしなければ100年は持つ。もう一度ダンジョンコアを作るのに、70年はかからんだろう
一度作ったものだし、今度はリルもいる。フィグリア王家の後ろ盾もある。10年もあれば同じ物を作れるというのがOlの試算だった。
さて、聖女メリザンド。力を失ったとは言え、お前はあまりに危険だ。このまま野放しにするわけにはいかん。よって、死んでもらう
死んでもらうだと?
メリザンドは嘲笑った。
どうやってこの身を殺すというのだ。魔道王の呪いは、いかなる魔力、理力を持ってしても消せぬ、解けぬ。解くには呪い自体が成立せぬよう、この世から悪魔全てを消さねばならぬ! 貴様にそれが出来るというのか、魔王Ol!!
言葉は徐々に熱を帯び、最後は泣き叫ぶようにメリザンドは声を張り上げた。
出来るわけ無いだろう
それに対するOlの反応は淡白なものだった。
消せぬものならば、消さねば良い。入って来い
Olの声に入ってきたのは、マリーとローガンだった。
うえ、なんだコイツ
メリザンドを見るなり、ローガンは山羊の様な顔をしかめ気持ち悪そうに言った。
ローガンの好きな、清純で美しい幼女じゃないの?
不思議そうにユニスは問う。悪魔への贄の為に用意された少女なのだ。ローガンから見れば、これ以上なく魅惑的な相手に見えると思っていた。
馬鹿いうんじゃねえよ、幼女ソムリエことローガン様ナメんな。天然と養殖の違いがわかんねぇとでも思ったのか
心底嫌そうに言う悪魔の言葉に、メリザンドはがっくりと膝をついた。悪魔を憎み、恐れた数千年。その果てにあったのは、その悪魔にも相手にされぬ呪われた身だったのだ。
ははははは、ははははははは!
もはや、笑いしか出てこない。ぼたぼたと涙を流しながら、メリザンドはただひたすらに笑った。
メリザンドよ。ここな娘は、俺の元に生贄として送られてきた少女だ
そんな彼女に、Olはぽんとマリーの頭に手をのせて言った。
そして、俺が健やかに育つよう呪いをかけた娘でもある。同じように老魔術師に呪いをかけられた、同じように贄の少女。年の頃も背の高さもちょうどお前と同じ、髪も金と白で近い
お師匠様、それは!
それは呪術を元にした魔術。似たもの同士を関連付け、人を蛙にするように、王子を白鳥にするように、人を人に変える、呪い。
解けぬなら、上から更に呪いをかけてしまえばよいのだ。お前の身体はこれから、マリーと共に成長し、マリーと共に齢を取る。聖女メリザンドよ、お前には死んでもらう。失われた時を生き、人間の様に歳を取り、人間の様に老いて、死ね
メリザンドの瞳から涙が溢れ、慟哭が彼女の胸を突く。
これから、よろしくね、めりー
そんな彼女の手を取って、マリーはにっこりと微笑んだ。
エピローグ
身に着けているのはボロボロの灰色のローブで、それも狭い地下道の埃と土にまみれ、その惨めな様相をいっそうみすぼらしくしている。腰につけたランタンもかなりの年代物で、辛うじて男とその周囲を照らしている。
あー、ご主人様、こんな所にいた!
その背を見つけ、リルは両手を腰にあて声を上げた。
もう、何してんの! こんなボロボロになって、もう!
リルが指を振ると、彼の格好はあっという間にみすぼらしいローブ姿から、それなりに整った服装へと変わった。
ここだけは、自分の手で掘り当てておきたくてな。リル。ここを覚えてはいないか?
壁の向こうに広がる部屋を指し、Olは尋ねた。
忘れるわけ、無いでしょ
リルは部屋に入ると、ゆっくりと空中で足を組んだ。
そうだな一生を、共に生きてくれ
真っ直ぐリルを見つめ、言うOlにリルは顔を真っ赤にした。
ちょ、Ol、そんな台詞じゃなかったでしょ!っていうか、何、もう、不意討ちやめてよ、えっと、もう、やだ、こんな場所で
返事は?
身体をくねらせ、しきりに髪を弄るリルにOlは手を差し出した。
はい。喜んで
リルは、そっとその手を取る。
何イチャイチャしてるんですか!
地獄の底から響くような声をあげ、地面からスピナが立ち上った。
あたしはとっくの昔に、永遠の愛を誓っちゃってるからねー
ぽん、とユニスが空中に現れ、Olの首に抱きつく。
そんな事より! 準備が出来ましたから、上に来てください!