ぷりぷりと怒りながら、スピナはOlの手を引っ張る。この数年で、まるで能面のようだった彼女の表情は随分豊かになった。

彼女の言う上とは、迷宮の上数年前まではOlタウンと呼ばれていた街の事だ。

よーぉ我らが魔王様! ようやくお出ましかい? お姫様達がお待ちかねだぜ

その入り口に立ってニヤニヤと笑みを浮かべるのは、相変わらず胡散臭い盗賊のキース。彼がもたれる門の上には、でかでかとこう書かれていた。

ようこそ!Olシティへ!

実際、街は都市と呼んでも差し支えのないくらいの規模に膨れ上がっていた。三年前、予想を大幅に上回る5年と言う年月でダンジョンコアを完成させ、ダンジョンの運営を再開すると冒険者達はどこからともなく集まり、あっという間にまた街を作り出した。

今や財宝も置いてないしOlに賞金をかけるような王もいないのだが、魔力をたっぷりと蓄えた魔物達の死骸が十分に財宝となるらしい。お互いを金と餌とにしながら、魔物と冒険者達は今日も仲良く殺しあっている。

今度お店にも遊びに来てくださいね、魔王様

にこやかに手を振るノーム。彼女はOlシティの商人ギルド長に就任し、街の経済の一切を取り仕切っている。もはや富など必要ない地位に位置しているはずなのだが、彼女は相変わらず週あたり金貨10枚でOlに買われ、定期的に抱かれていた。

それが商人としての矜持なのか、捻くれた愛情表現なのかは、彼女のギフト真実の瞳をもってしてもわからない。

オーウルー様ー!

街の中心の城へと向かう途中、空からかけられた声に目を向けると、巨大な竜がゆっくりと舞い降り、窮屈そうに広場に着陸した。

ウォルフ、街を壊すなよ

誰に口を聞いておる。そのようなヘマをするものか

竜は呵呵大笑した。鉄で出来た肌を持つこの竜は、メトゥスの死骸に英霊ウォルフが宿ったものだ。その背から、ひょいと飛び降りる小さな影にOlは手を上げた。

久しいな、Faro。いつ帰ったのだ?

たった今だよ! 今日は記念すべき日なんでしょ?

Faroは再び冒険者となり、世界中を文字通り飛び回っていた。旅の共に英霊王と言う、なんとも豪華な旅だ。ウォルフも王より気ままな旅生活の方が性に合っているらしく、随分と楽しそうだ。

その時、Olは殺気を感じて数歩後ろへ下がった。途端、地面がザイトリードの豪腕に砕かれ、そのこめかみが見事なユニスの跳び蹴りで吹き飛ばされる。

街を壊すなって何回も言ってるでしょ!

ぐっだが、俺はまだコイツをお前の伴侶と認めてはいないぞ!

ザイトリードはOlを指差し唸った。そんな彼に、ユニスは冷めた目で言った。

お兄様には関係ないでしょ。ウザいから口出ししないで

冷たい妹の言葉に、ザイトリードはガックリと両腕を突き、項垂れた。そんな彼をまあまあと彼の妻、ヒルダが慰める。幻影によってザイトリードに殺された後、Olは彼女を蘇生していた。

頭を下げ、許しを請う英霊に他の女と見間違うなんて酷い!と叫び平手打ちした彼女の啖呵は今でも語り草だ。殺されたこと自体は全く恨みに思っていないらしい。英雄の妻になるだけの事はある。

Ol様、ただいま戻りました

その背に大量の魔獣達を引きつれ、ミオはぺこりとOlに頭を下げた。

また増えたのか

ザイトリードは各地を荒らす怪物を退治しにいっているという事だったのだが、彼が魔物を倒したという話はここ数年全く聞かない。代わりに、Olの迷宮にすむ魔獣達は年々数を増すばかりだ。

はい! この子がローレルであの子がラヴィニア、こっちがリンゼイで

いや、いい、わかった

ミオのネーミングはいつの間にかKを経て、最近ではLから始まる名前ばかりになっていた。まさか、と思いつつ尋ねると、思ったとおり彼女は今まで育てた全ての動物に、Aから順に思いつかなくなるまで名前をつけているらしい。

全ての名を覚えているのか、と尋ねた魔王に、素朴な娘は勿論ですと笑顔を見せた。

Zまで網羅する日もそう遠くは無かろうな。ミオの方がよほど魔王に相応しい

大地を揺るがす轟音で笑うウォルフに、ユニスは耳を塞いでお父様煩い!と怒鳴る。Olは内心で半ばウォルフに同意しつつも、彼らに別れを告げて城へと向かう。

主殿! どうだ、見事な猪だろう!

その途中で、獲物を吊り下げ配下を連れたエレンとセレスに出会う。彼女達はOlシティに程近い森に集落を作り、今では完全に和解して暮らしている。今日は祝宴に使う料理の為に、森で摂れた獣達を持ってきてくれたらしい。

Ol様、それよりも私達のヘラジカの方がきっと美味しいと思います

にっこりと微笑むセレスに、エレンはむっと眉を吊り上げる。

目方であれば我々の用意した猪の方が上だ

頭数であれば私達の鹿の方が上です

二人は火花を散らし、にらみ合う。会う度いがみ合っているが、あれはあれで互いにじゃれあっているようなものらしい。まともに相手するのも馬鹿らしいので、Olは専門家に丸投げする事にした。

そんな事より、さっきミオが帰ってきていたぞ

おお、それは本当か!? 久しいな、これは腕によりをかけねば!いいか者ども、血の一滴、肉のひとかけたりとて無駄にするなよ。獣の魔王の怒りが炸裂するぞ

それはもう、身に染みてわかってます、はい

神妙な表情で、エレンの配下の一人が頷いた。

ミオは食べる為に獣を殺す事を禁忌しない。が、それを無駄にすると笑顔のまま烈火の如く怒った。森の住人であるアールヴよりも命に厳しい、と密かにエレンやセレスの配下達にOlより恐れられていることを、ミオは知らない。

では、祝宴の用意は頼んだぞ

はっはいっ

折り目正しく返事するアールヴ達を後にし、Olは城へと入る。

Ol様、お待ちしておりました

城の広間に入ると、煌びやかな衣装に身を包みオリヴィアとその娘達が出迎えた。今年オリヴィアは40を迎えるはずだが、その外見は未だ20台で通る若々しさだ。むしろ若返っている感すらある。

長女のパトリシアも今年で24。咲いたばかりの花びらは見事に咲き誇り、気品高く美しい大輪の薔薇を思わせる美女に成長していた。

対する次女プリシラはちょうど20。蕾は花開き、薔薇の様に美しいパトリシアとは対照的に、百合の様な可憐で愛らしいおっとりとした美女になった。

その後ろで、彼女らの妹と娘をあやしているのはローガンだ。4つの腕を器用に使い、幼い子供から新生児まで、総勢12名の子供達の面倒を見ている。

よう旦那! どんどん子供作ってくれよ!くぅー、素晴らしいなこの幼女ハーレムは!

手を出したりしたら、魔界に攻め込んで本体ごと滅ぼしてやるからな

あったりまえよ! いつも心に紳士の掟、YESロリータ、NOタッチ!!

滅べばいいのに

ぐっと親指を掲げてみせるローガンに、スピナがぼそりと呟いた。

Ol様、準備は万事整っております

近隣住民の避難はOKですっ

魔力回路の接続もトリプルチェック完了済み。問題ありません

広間の玉座に座るOlに、ナジャ、Shal、ウィキアがそれぞれ報告した。彼女達は冒険者を引退し、それぞれ冒険者、僧侶、魔術師のギルド長としてその腕を存分に振るっている。

Olさま。いよいよだね

あれから8年か長かったようで、短かったな

Olの前に、真っ白なドレスを着た目の醒める様な美少女が二人、姿を現した。まるで双子の様にそっくりに育った彼女達は、唯一髪の色だけを異にしている。マリーとメリー。彼女達は今年で14になる。と言っても、メリーの方は実年齢はプラス数千ではあるが。

ああ。では、始めるぞ

Olは手を掲げ、声を張り上げた。

スターコア起動。迷宮よ、浮上せよ!

大広間のガラス張りになった天井の、はるか上空。そこに位置するのは、メリーが星核と呼んでいた理力の器だ。

以前のダンジョンの最大の欠点は、巨人として動かすと龍脈から切り離され、魔力が補充できない事だった。その欠点を理力で補ったのが、今回の迷宮。新たなOlの魔窟だ。

地下に存在する迷宮と、宙を舞う浮島に掘られた迷宮の最深部は理力によって互いに結ばれ、同一の存在となっている。ちょうどマリーとメリーの様に、擬似的な双子の関係だ。

地下で得られる魔力をダンジョンコアで回収しつつ、それを理力で空へと転送し核となるOlシティへと送る。理力と魔力、天使と悪魔。二つの異なる力を同時に砕かねばOlの迷宮は攻略できず、世界のどこであろうと宙を舞うOlシティから侵攻が可能。

これが、8年間の研究の間に練った構想の集大成だった。迷宮自体を空に飛ばすという発想はスピナの、それと地下の迷宮を二重化するという発想はメリーのものだ。

では、また魔王の治世の始まりだな

メリーはそういい、Olにしな垂れかかった。

メリー? わたしが先だよ

む、す、すまない、マリー

にっこりと微笑んで元聖女を押しのけ、マリーはOlの腕に自分の腕を絡ませた。二人の精神的な力関係は、どうやらマリーの方が上らしかった。今日は迷宮を空に飛ばすと共に、彼女達二人の処女をOlに捧げる予定となっている。

魔王かまあ、8年前の戦いで、ノウハウは本をかけるくらい溜まったからな

迷宮が失われている間に、属国のいくつかは反旗を翻し、独立している。それを再び攻め滅ぼすのも悪くは無い。

魔王になる為の手引書でも書いてみますか?

くすりと微笑み、スピナが尋ねた。

まず70年研究して、穴を掘るところから始まる本って手引書じゃなくて物語でも大体の人が挫折すると思うよ

それを受け、ユニスも笑う。

そこはそれ、やっぱり私と会うあたりからでいいんじゃない?タイトルは、そうだな魔王の始め方とかでさ

先ほどの事を思い返し、幸せそうにリルはいった。

それも、悪くは無いかも知れんな。しかし、どうせ描くのならば、過去よりも未来が良かろう

Olは天を振り仰ぎ、そこに描かれた地図を見た。8年間でほぼ完成した、大陸の地図。しかしそれは、ユニス達が空の果てから見た世界全てと比べるとほんの小さな範囲でしかないという。

海の向こうにはまだ見ぬ大陸と、幾つもの国がある。

次は一つ、神でも目指してみるとしよう

Olは妻達を抱きしめ、ニヤリと笑ってそう言った。

おまけ 最終ダンジョン解説

エピローグ終了時点でのダンジョン。

階層数:5+5+1階層

瘴気:±100

悪名:120

貯蓄魔力:200(単位:万/日)

消費魔力:100(単位:万/日)

地のダンジョン

以前のOlのダンジョンを地下に埋設し、龍脈と繋ぎなおしたもの。全5階層。周囲から流入する妖魔や魔獣、悪魔達が守護しており、中は瘴気にまみれ、人間や天使、英霊など正に属するものはその力を減退させられる。深い階層ほど敵や罠はその凶悪度を増し、最下層から天のダンジョンの最下層へと転移する事が出来る。

天のダンジョン

地のダンジョンの写し身。構造自体は同じなのだが、罠や敵の配置、テレポーターの転位先などががらりとかわっており、地のダンジョンと同じと思って進むと酷い目にあう。主に天使が守護しており、中は神気にまみれ、悪魔や妖魔、魔獣など魔に属するものはその力を減退させられる。浅い階層ほど敵や罠はその凶悪度を増す。

魔王城

天のダンジョンの上にあるOlの城。居住スペースではあるものの、その大半は迷宮の様に複雑なつくりになっており、実質一階層分のダンジョンである。天地と魔王城を合わせて、Olの迷宮は全11階層といえる。全体が強固な結界に覆われ、外壁自体も分厚く出入り口もないため、空中から直接進入するのはまず不可能。居住スペースなので罠はないが、チートクラスの魔王の側近が大量に住んでいる為突破はかなり無理ゲー。

Olシティ

かつてのOlタウンが、地のダンジョンと共に発展した姿。大量の冒険者と、それを相手に商売をする商人達(その大半が元冒険者)からなる、どの国にも所属しない自治領。その性質上、犯罪者やその予備軍が大量に集まっているが、住民の大半がある程度の戦闘能力を持っている為に街中の治安はそれほど悪くない。世界でもっとも命の値段が安い街。

スターコア

メリザンドが星核と呼んでいた、魔力の代わりに理力を蓄えるダンジョンコア。理力は光と共に太陽から降り注いでおり、魔力に比べて貯蓄効率は悪い。それをダンジョンコアの魔力で補佐する事によりまかない、互いに互いを修復しあう為に、片方を攻撃するだけでは破壊することは出来ない。

ミオ(魔物使いLV99)

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