彼は前王フィグリア8世の時代からの領主であったが、かの魔王の部下といわれれば誰もがなるほどと頷き、実はトロールとオーガの合いの子であるなどと言う噂が流れるほどの風貌をしていた。
その性格は暴虐かつ残忍で、領民から何人もの娘を拉致するかのように召し上げては慰み者にし、民には重税を科して己は贅沢の限りを尽くしていた。
そんな彼がかわったのは、フィグリア王国が魔の国と名を変え、魔王に統治されるようになってからだ。
汚職は見逃す。が、上手い事やれ
それが、魔王の方針だった。
まず、ゼニスキーは税を今までの倍にした。既に重税に喘いでいた領民達は一斉に直訴しにきたが、ゼニスキーは彼らを手厚く持て成し、増税は魔王の意向である事、復興に必要である為一時的であることを説明した。
そして、それからも度々彼らを屋敷へと招くと、豪勢な料理を振る舞い、自らは質素な食事で晩餐を共にした。更に、冬が近づくと屋敷にあった美術品を売り払って金に替え、特に貧しい領民に配り冬を無事越えられるよう配慮する。
終いには、ゼニスキーは自身の邸宅を一般解放し、誰でも泊まれるようにした。そして自分はその隣に小さな屋敷を建て、住み始めたのだ。勿論一般的な家に比べれば十分大きい屋敷だが、今まで住んでいた豪邸や他の領主の邸宅に比べれば驚くほど小さく、質素なものだ。
そうした行動に、領民達は徐々にゼニスキーを慕う様になっていった。悪いのは魔王であり、領主ではない。いや、領主様がかわったのは魔王の統治になってからだ。悪かったのは前王なのでは? そんな評判が立ち始めたのだ。
しかし、勿論ゼニスキーは改心してなどいなかった。Olの助言に従ってうまくやっただけだ。
新しく作った屋敷の地下には、以前の邸宅に数倍する大豪邸が作られていた。掘ったのはOl配下のインプどもなので、領民には全く知られていない。ゼニスキーはそこで悠々自適の暮らしをしていた。
増やした税のうち、半分は領民に施しと言う形で返し、半分は自分の懐に納める。勿論王が定めた増税などと言うのは嘘だ。そうとも知らず、愚かな領民達は自分達の懐から出て行った金を返されて喜んでいた。
増税で貧しくなり、身売りした者たちは優先的にゼニスキーが保護した。温かい言葉をかけ、手ずから料理を作って振舞ってやると、男も女も面白いように感激し、ゼニスキーに忠誠を誓った。
泣き喚く女を無理やり手篭めにするのも悪くないが、心の底からゼニスキーに心酔し、奉仕する女の姿は彼に至福の味わいを感じさせた。何せ、この体格、この面相だ。女から好意を寄せられたことなど、生まれてから一度もなかった。
そうするうちに反乱の芽は見る間に縮小し、ゼニスキーの仕事は一気に減った。大した災害もない領地で、彼の仕事はもっぱら内乱を治めることだったのだ。
空いた時間で、彼は手慰みに料理を勉強してみた。人の心を支えるものは誇りと食事。そのどちらか、または両方を与えてやれば衆愚は簡単に転がる。そう教えてくれたのも、魔王陛下だった。
元々凝り性で美食家だったゼニスキーは見る間に料理の腕を上達させ、いつしか自分の食事さえ自分で作るようになった。油と砂糖に任せた豪勢な食事は、バランスよく素材の味を生かした素朴だが味わい深い料理へとかわった。
そうするにつけ、徐々に彼自身にも変化が訪れた。人一人入っているのではないか、と噂されるほどでっぷりと超え太っていた体格が少しずつほっそりとし、顎からはたるみが消え、鼻や頬を覆っていたブツブツの出来物はすっきりとした肌に成り代わった。
勿論、それでも醜男であることには変わりなかったが、以前の様に忌み嫌われることはなくなった。奴隷から拾い上げ、育て上げた娘の一人が彼に愛を告白すると、ゼニスキーは身分の差も気にすることなく彼女を妻に召し上げ、女遊びをぱったりやめた。
そして領地から奴隷制度を廃すると、自ら孤児院を建設。自身もその孤児院の院長として、孤児たちに教育を施し、一人前の大人になるよう尽力した。
ゼニスキーは何も変わっていない。自分では、そう思っている。以前と変わらぬ、強欲な下衆のままだ。自分を院長と慕う子供たちの視線の、なんと心地良いことだろう。己の子を抱く妻の、なんと愛しいことだろう。
自分は下衆だ。この幸せは誰にも渡さぬ。例え相手が魔王であろうと、どんな汚い手を使ってでも己の幸せを守り抜いて見せよう。
そう意気込むゼニスキーに、魔王陛下は一言こういった。
それで良い。汝は汝が思うまま、邪悪であれ
ゼニスキーは、感涙にむせび泣いた。ああ、奴隷達はこんな気持ちだったのか、と心から理解し、そして魔王陛下に改めて忠誠を誓った。
かくして、ゼニスキー・ゴールドマン伯爵は邪悪なる領主を名乗り、その長い生涯を終えるまで領民に愛され続けた。
大勢の子と孫、そして領民達の涙に見送られながらも、彼は安らかな笑みを湛えたまま、旅立った。
その行く先が天国であるか地獄であるか。それは魔王でさえ知らない。
番外編2迷探偵マリーの華麗なる事件簿
わたし、探偵になる!
唐突にそんな事を言い出す、自分と同じ顔をした少女にメリザンド今はメリーと呼ばれているは、目を丸くした。
ええといきなりどうした、マリー?
Olが彼女に、成長し死ぬ事のできる身体を与えてから2年が経った。新しいダンジョンコアはまだ出来ていないため、スピナがその代わりの役を果たし、今は彼女が作ったダンジョンでの仮暮らし生活だ。
これみたいに!
そう言って彼女が突き出したのは、最近流行っていると言う娯楽本の写しだった。メリーも薦められて読んだ事があるが、行く先行く先で殺人事件が起こるという呪いを受けた魔術師が、子供の姿を模した形代に入って催眠呪文をかけ、冴えない中年を操って事件を解決するという荒唐無稽な物語だった。
メリーからしてみると推理もトリックも甚だしく破綻しているのだが、子供達の間では人気らしい。挿絵が大量に挟まれていて、この手の小説としては読みやすいのも人気の秘訣だとか。
ともあれ、マリーはメリーにとっては恩人の様なものだ。
死と成長とをメリーに与えてくれただけではない。天真爛漫な彼女の言動は、孤独と虚無感に包まれたメリーの心と人生を癒し、満たしてくれた。
彼女が傷つけば同じ場所が傷つき、彼女が病に苦しめばメリーもまた苦しむ。同様に、彼女の喜びはメリーの喜びだ。数千歳年下の双子の姉の望みをかなえてやろう。メリーは、そう誓った。
と言うわけで死んでくれ
おいふざけんな産廃ババア
居丈高に言うメリーに、ローガンは苛立たしげにそう言った。マリーと同じ外見をしてはいるが、メリーに対しては彼の態度は非常に悪い。曰く、見た目が美味そうでも、1000年経っても腐らないパスタを食いたいと思うか?という事らしい。
マリーがそれを望んでいるのだ
よし今日中に死ぬ。どういう死亡原因がいい?
しかし、マリーの名を持ち出すと彼はあっさりと態度を軟化させた。あの幼い少女の為に行動するという点のみにおいて、この不倶戴天の二人の意見は合致を見せる。
全身の皮膚をそぎ落とし、穴と言う穴に焼けた鉄の棒を差し込むというのはどうでしょう?
天井から滴り落ちるかのようにスピナが姿を現し、そう提案した。
なにそれこわい
本気でやりかねない相手に、ローガンは震えた。
Olの弟子か。盗み聞きは感心せんな
メリーはむっと表情を曇らせる。
そう言われましても、この迷宮は殆ど私の体内の様なものですから。それに、役者は多い方がいいのではないですか?
ふむ言われてみればそれもそうか
考えてみれば死体役だけでなく、犯人役もいる。
犯人の候補も何人かはいた方がいいだろう。
はいはい! あたし助手の役ね!
ぽん、と姿を現し、ユニスが手を上げた。
面白そうね。私も暇だし付き合っちゃうよー
闇の中からじわりと染み出すように、リルが姿を現す。
駄目だ、助手は私の役だからな。容疑者が3人まあ、良いところであろう
適当に言い当てても1/3だ。探偵役がマリーなのだから、その程度でちょうど良いだろう。
じゃあ、やっぱり指の先から一寸ずつ鎚で潰していくとか
バラバラ死体もいいよね! ほら、バラバラにした死体をバッグに入れて運んで、アリバイを作るって言うトリックが
いやそれ、俺本気で死ぬからね?
和気藹々とローガンの殺人手段を相談しあう娘達を眺めながら、メリーは筋書きを組み立てた。それは彼女が今まで立ててきたものに比べると凄まじく単純で稚拙なものだったが、数千年生きた中ではかりごとをこれほど楽しんだのは初めてのことだった。
ローガンー、メリーが呼んでるよー。ローガンーローガン?
マリーがメリーに頼まれ、ローガンを呼びに行ったときのこと。彼女は扉を叩くが、ローガンは返事をせず出てもこない。
ローガン、ローガンー!
どんどんと扉を叩くが反応がなく、ノブを回しても鍵がかけてあるのか扉は開かない。
どうしたのですか? マリー
途方にくれるマリーに、そうスピナが声をかけた。
あっ、ソフィ! ローガンが出てこないの
それはおかしいですね。扉を開けてみましょう
スピナは指先を粘体化させ、鍵穴に差し込むとかちゃりと鍵を外す。扉を開けると、ローガンはうつ伏せになって地面に倒れ伏していた。その胸にはぽっかりと穴が空き、指先は血で地面におっぱいと書いてあった。
そのダイイングメッセージを見てスピナは予定に無いことをするんじゃありませんこの駄悪魔が!と思ったが、マリーの目の前で消すわけにも行かず平静を保つ。
ローガン? こんなところで寝てると風邪引くよ?
マリーはローガンの身体をゆさゆさと揺らす。
マリーローガンは死んでいます
マリーはスピナを見上げ、驚きに目を見開いた。その大きな瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
ローガン! ローガン! しんじゃだめええぇぇぇっ!!やだ、やだよぉ、そんなのやだあぁぁぁぁぁ!!
そして、大声で泣き始めた。その反応に、流石のスピナもぎょっとする。
ど、どうしたの!?
慌ててユニスとリル、メリーも部屋に駆け込んでくる。
ろーがん、が、ろーがんがぁあぁ!
まさかこんなに本気で泣くとは思っても見なかったメリー達は、お互い焦った表情で顔を見合わせた。
(ど、どーすんのよこれ!)
(マリー、結構ローガンの事好きだったんですね)
(あっ、このロリコン何幸せそうな顔してんの!)
(とにかくマリーを泣き止ませねば!)
4人は視線だけでやり取りを交わすと、マリーを泣き止ませに入る。
マ、マリー、大丈夫! 大丈夫だから! ローガン悪魔だからこのくらいじゃ死なない!
ほんとう?
リルはうんうん、と頷く。同じ悪魔である彼女の保証に安心したのか、マリーはしゃくりあげながらも何とか泣き止んだ。
それよりもマリー、これは殺人いや、えーと、死んではいないからとにかく、事件だ。名探偵マリーの出番だぞ!
続くメリーの言葉に、マリーは表情を輝かせた。
じけん!? たんていの出番!?
内心胸を撫で下ろしながらも、メリーは頷く。
この事件を解決できるのは、マリーしかおらん。さあ、謎を解いてくれ!
マリーはぐしぐしと服の袖で涙を拭うと、真剣な表情で頷く。
ローガン仇はきっと取るからね
いや死んでないって言ったでしょ。リルは喉まででかかった言葉を何とか飲み込む。
そして、マリーはすっと手を上げると、堂々と宣言した。
なぞはすべてとけた!
もう!?
早いよマリー!
犯人はそふぃだっ!
ビシッ、とマリーはスピナに向けて指をさした。
念の為、理由を尋ねてもいいですか?
腕を組み、引きつった笑みを浮かべてスピナは問う。マリーは自信満々に答えた。
いちばん、やりそうだから!
100%あてずっぽうじゃないですか!?
スピナは思わず叫んだ。
一体何の騒ぎだ
それを聞きつけたのか、眠そうな表情でやってきたのは魔王にして彼女達の主Olだった。ここ数日、彼は新しいダンジョンコアの設計が大詰めに入っているとかで、ろくに睡眠もとらずに研究に没頭している。
大詰めだけにその仕事を手伝う事もできず、かといって他に特にする事もなかったのが今回の話が盛り上がった原因でもある。要するに皆、暇を持て余していたのだ。
Olさま、ローガンがね、しんじゃったの
(あ、ヤバい、Olに話通してない)