アインに組み伏せられ、その剛直を受け入れながらラズはそう言った。彼女は精神的には優位に立ちながらも、肉体的にはアインに屈服させられ、半ば強引に迫られる事を好んだ。以前教えた敬語もやめさせ、彼女は気安く話すよう彼に願い、アインはその通りにした。
ラズ、仕事はしなくっていいのか?
んんそうね、そろそろ取り掛からないと
アインから与えられる快楽に身を任せながら、彼女は最近遅れがちになっている設計に思考を移した。
今度の石火矢が完成すれば、効率が5割は上昇するから、しばらくは持つはず
効率というのは、何の効率なんだ?
それは弟子の、素朴な問いだった。射程距離、威力、開発費用。それらの概念は理解していたが、師が時折口にする効率という言葉に関しては尋ねた事がなかった。彼女が算出しているそれは非常に複雑な計算式から導出されており、高度な知識がなければ理解できないと思っていたからだ。
そりゃあ
説明しかけ、ラズは口ごもった。効率と言うのは、人を殺す効率の事だ。人員、魔力、費用。それらに対して、どれだけ相手を殺傷する事が出来るか。結局の所、彼女が追求していたのはそれだった。
簡単に、安全に、金をかけず、人を殺す。そう言った物をラズはめざし、作っていた。
師匠?
途中で言葉を切る師をアインは呼びかけた。
なんでもない。ちょっと説明しづらいからその話はまた後で。それより、今は私を愉しませて?
ああわかった
結局、彼女がその言葉について彼に説明する事はなかった。
研究一筋に生き、殆ど他人と触れ合わなかった彼女は、意味は理解していてもそれを実感してはいなかった。しかし他人と暮らし、男を知って彼女は気付いた。その数字の向こうで消えていった人間達の命に。
兵器の一部は敵に奪われ、使用されたこともある。彼女の兵器が敵味方共に被害を増やしているのは確実な事だった。もしかしたら、その中にアインの両親も含まれているのかもしれない。そう言ったことに、彼女は気付いてしまった。
その日を堺にラズは何かと理由をつけ、兵器の開発を断るようになった。元々の仕事も遅れがちであった事も含め、仕事の依頼主であるプラエティ王国首脳部は彼女に激しく抗議した。
しかしラズはそれでも、仕事を請けようとはしなかった。いや、出来なかったのだ。己の作った兵器がやがて人を殺し、その災禍がアインにも降り注ぐ可能性があると思うと、彼女の腕は震え、指は動かなくなり、泉の如く湧き出していた発想は止まった。
そして彼女にとって不幸な事に、王国はそれを反乱の意思だと考えた。アインの出身が国境に近かった事も災いしていた。敵国フィグリアに与するのではないかと疑われたのだ。
巻き込んでしまって、ごめんなさいね、アイン
謝られるような事は何一つ無い
さっぱりとした様子で、アインはそう言った。搭の外にはプラエティの兵士達がずらりと並んでいる。裏切られ、敵につかれるくらいなら、鳴かなくなった鳥は殺してしまえという腹なのだろう。その様子を見て、ラズはいよいよこの国に後が無いことを悟った。
あなたまで死ぬ事は無いわ。私は、今まで間接的にとは言え何人もの人を殺してきた。その報いを受けなければいけない。でも、あなたはそうじゃない
俺はラズの弟子だ。ラズが悪だというなら、俺は喜んで邪悪な魔術師を名乗るさ
アインはラズの手を引いて言った。
逃げよう、ラズ。逃げて、どこか遠い国で二人で暮らそう
そんな彼に、ラズは首を横に振った。
それは無理よ。完全に囲まれてる。逃げ切れない
兵士達は他ならぬラズが開発した弩で武装している。空を飛んでも逃げられない事は誰よりもラズが了解していた。転位の魔術は研究段階で、実用できるレベルではない。
二人とも逃げられない事を悟り、アインは大きく息を吐いた。
俺が、死ねば良い。ラズが内通を疑われたのは俺のせいだ
ごめんなさい、アイン
一筋、ラズの頬を涙が流れた。
この命はラズに救ってもらったもの。ラズの為に捨てられるなら、悔いは無い
サッパリとした表情で言うアインに、ラズは首を横に振った。
アイン・ソフ・Ol。師としてあなたに命じます。私の首を刎ね、それを持って兵に投降しなさい
呪力を帯びた言葉に、アインの身体は強制的に動き、剣を手に取った。
ラズ!? どういうことだ!? 何で、こんなやめてくれ! 俺は、あんたを殺してまで生きていたくなんか無い!
ごめんなさい。ラズはもう一度、胸中でそう呟いた。アインが叫んだ言葉はそのまま、彼女の心そのままだったからだ。アインを殺してまで生きていたくない。そのエゴを、彼女はアインに押し付けた。
やめろやめろ!!
アインは自分の腕を何とか止めようと、全身に力を込めた。しかし、真名によって縛られたその身体は全く彼の言う事を聞かず、剣を鞘から引き抜く。
ラズはすっと居住まいを正すと、刎ねやすいように上を向き、その白い首を晒した。そして目を閉じ、祈る。いつの日か彼が幸福に生きていて良かったと、そう思う日がきますように。
その為であれば、この魂が、煉獄に落ちても構わない。
Olは腕を、まっすぐ横に振った。一瞬の後剣は正確に振るわれ、彼女の首は宙を跳ねた。ほんのひと時、最後に彼の姿を目に入れながら、いつの間にか背を抜かれていたんだな、と彼女は思った。
アインは言い付けられた通り、ラズの首を持ってプラエティ兵に投降した。彼の身は捕縛され尋問にかけられたが、彼がラズの知識を受け継ぎ同様の兵器を作れる事を知るや否や彼らはアインを監禁し、兵器を作らせた。
数ヵ月後、アインの作った兵器は同時にその機能を失い、暴発した。それによってプラエティ王国はフィグリア王国に敗北し、地図からその名を消すことになる。
リル、聞きたいことがあるんだがなんだ、この部屋は
Olは部屋の中を見て顔をしかめた。リルの部屋は兵器の設計図や蔵書が散乱し、足の踏み場も無いほど散らかり、部屋の主はベッドの上にごろごろと転がりながら本を読んでいるところだった。
少しは片付けろ。部屋が片付いていないのは仕事が出来ない証拠だといつも言っているだろうが
呆れていいながら、Olは床に散らばるそれらを拾い上げ、整頓し始める。
それってラズの受け売りでしょ?
己が身に残る記憶を引っ張り出し、リルはそう尋ねた。
そうだ。ラズの部屋はいつも綺麗に整っていただろう?
でもそれOlが片付けてただけじゃない
Olを拾った時はたまたま掃除の直後だったから片付いていたものの、普段はこの部屋と変わらなかった事をリルは知っている。
ラズもこんなもんだったよ
だから、俺の思い出を穢すなと言っているだろうが!
怒鳴るOlにリルはけらけらと笑った。
あなたのお陰で今、Olは幸せそうだよ。
そう、前世の自分に語りかけて。
番外編8ユニスの誕生日
本編9話あたりの話です。
ユニスの誕生日?
うん。来週なんだって
機嫌良さそうに言うリルに、Olは怪訝な表情を向けた。
それがどうかしたのか?
お誕生日会! を! 開きます!
何を言ってるんだと言わんばかりに言う彼女に、Olはコイツは何を言っているんだという目を向け
お前は何言ってるんだ
実際にそう言った。
だって年に一回しかないんだよ!? 祝わなきゃ!
二回以上あってたまるか
Olは嘆息して答えた。
そもそも、お前自身の誕生日はわかっているのか?
え、いや、覚えてないけど
俺も自分の誕生日など覚えてない。スピナはまあ、この前魔術師として
生まれ変わったようなものだからその日だとしても、他に自分の誕生日を
覚えてるような奴がいるのか?
淡々と述べるOlに、リルはむうと唸る。
それにまあ、やめておけ。余計な事はしなくて良い
はぁい
明らかに不満げな表情で、リルはOlの部屋を後にした。
と言うわけで! Olは抜きでやります!
ぱちぱち、とまばらな拍手。熱心に手を叩くのはマリー。それに付き合うように控えめに手を叩くミオ。スピナとエレンは状況が把握できていないのかリルをじっと見つめた。
と言うわけでと言われても、意味がわからないのですが
ユニスの! お誕生日会! を! 開きます!
ぐっと力を入れて強調するリルに、エレンは要領を得ないといった表情で尋ねる。
誕生日とはなんだ?
なんだも何も、そのまま。誕生した日のことよ
エレンは首を捻る。
ユニスが誕生したのは十数年前のことじゃないのか?
そこから説明しないといけないの!?
リルは頭を抱えた。そもそも1年区切りの暦と言うのは、長い時を森の中で生きるアールヴ達にはピンと来ないらしい。
とにかく! 各自、ユニスに送るプレゼントを準備して、当日はパーティを開くから、そのつもりでね!後、この話は当然ユニスには内緒だからね。あとOlにも
リルの言葉に、マリーが手を上げて元気良く返事をする。
あれ、皆で集まってどうしたの?
そこに突然、ひょいとユニスが顔を覗かせた。びくりと身体を震わせるリルをよそに、マリーがニコニコしながら言った。
あのね、秘密なんだけどユニスのた
その口をスピナが素早く手で塞ぐ。5歳児に秘密が守れるとは端から思っていなかったから、その対応も実に素早かった。
あたしの?
首を捻るユニスに、エレンは真剣な表情で言う。
主殿との夜伽の回数が、ユニスだけ多すぎるのではないか? と話していたのだ。気付けばベッドに潜り込んでいるからな
う、そ、そんな事無いんじゃないかなあ~
言いつつもユニスは視線を逸らし、思い出したように手を打った。
あ、ごめん、急用を思い出した!
そう言ってそそくさとその場を逃げ出す。
エレングッジョブ!
リルは親指を立てた。
しかし、プレゼントか
解散し、エレンは困ったように呟き、ミオに尋ねた。
我々にはあまりそういう習慣が無いのだが、どのような物を送ればいいんだ?
そうですね自分が貰ったら嬉しいものを送ればいいんじゃないでしょうか
ミオは少し悩んだ後、そう答えた。彼女もあまり人に贈り物をやり取りしたことなど無いが、彼女自身そう言った方針で用意するつもりだったからだ。
自分が貰ったら嬉しいものか
しかしそれに、エレンは更に悩みを深めた。白アールヴに比べればマシであるとはいえ、精霊を出自とするアールヴ達には物理的な欲求と言うのは人間ほど強くない。欲しいものといわれてもいまいちピンとこなかった。
仕方なく、彼女は部下に相談してみる事にした。アレット、ベティ、クロエ、デルフィナ。彼女と共に戦を生き抜き、信を置くいずれも一騎当千の猛者たちだ。彼女達であれば必ず妙案を出してくれるとエレンは信じた。
うーん。やっぱりアレじゃないですか
口火を切ったのは4人の中でもっとも勇敢なベティだ。彼女は常に先陣を切る。それはこういった場においても同様だった。
Ol様の精液!
訂正しよう。もっとも迂闊でお調子者のベティだ。
武器などはいかがでしょうか
ベティの提案をさらりと流し、生真面目に提案したのはもっとも慎重で判断力に長けるリーダー格のアレット。
ユニス殿は卓越した武威を誇る英雄。英雄には優れた武器が相応しい
ふむ、武器か
エレンは己の形の良い顎をなで、考えた。
しかし我らには剣を作る技術など無い。木剣を贈るわけにもいかぬし
弓をお送りしては?
エレンは首を横に振った。
あの娘は、矢より早く駆ける。弓は不要だろう
アレットは絶句した。英雄という物が人知を超えた力を持つ事はわかっていたが、よもやそれほどとは思わなかったのだ。
食事はいかがでしょう
おっとりとそう提案したのは一番の年嵩、クロエだ。
ユニス様は健啖家でいらっしゃいます。アールヴ料理を振舞ってみては?
ふむ、それは悪くないかも知れんな。ではクロエ、頼めるか?
エレンがそういうと、彼女は表情を引きつらせた。
その、私は食事の用意は、下の者に任せていたものですので、お出しできるほどの物は
ふむ、そうか。では誰か
エレンが視線をめぐらせると、頼りになる部下たちは揃って視線をそらした。
ええい、デルフィナ! 何か無いか!
エレンは沈黙を守る最後の一人、部下の中随一の弓の妙手デルフィナに助けを求めた。まるで眠っているかのようにおとなしくしていた彼女は、すっと目を開くと、ぽつりと呟いた。
我に秘策あり
おお、と一同にどよめきが上がった。
ゆーにーすー!
マリーはユニスに向かって全力で駆け、そのままばふと彼女の足に抱きついた。
お? どうしたどうしたー