ユニスは人好きのする笑顔を浮かべるとマリーを抱き上げぐりぐりと頬を擦りつけた。
ゆにす、なにほしい?
直球ですか! 通路の角で聞き耳を立てながら、スピナは胸中でそう叫んだ。
んー? なになにー、なんかくれんの?
パーティを計画している事は言ってないけども! スピナは今すぐ飛び出して、彼女を止めようかどうか悩んだ。
そうだなーマリーの笑顔がいいかな
ユニスは朗らかに笑い、そういった。マリーはきょとんとして尋ねる。
わたしの、えがお?
うん。それが一番!
神妙な表情でマリーは頷いた。
そしてユニスの腕から降りると、ととと、とスピナの足元まで駆け、悲壮な表情で彼女を見上げ言った。
そふぃわたし、がんばってわらう
ぐっと顔を突き出し、顔を引きつらせてそれでも彼女は笑顔を浮かべた。
だから、とって
いやいやいやいやそういう意味じゃないから!
あなたは私をなんだと思っているのですか!
慌てて二人はマリーを止める。
もう、どんだけ猟奇的な発想なの!っていうかよくそれノータイムで決意したねマリー!?
ユニスはしゃがみこむと、マリーをぎゅっと抱きしめ彼女の頭を撫でた。
私のせいではありませんよ?
あ、いや、別にそういうつもりで言ったんじゃないよ
気配では気付いていたものの、マリーによって隠れていたスピナが暴かれる形になって若干気まずい空気でユニスは首をふる。
えーっと、っていうか、何かあったの?
なんだかまたよくわからない遊びを考えたみたいです
スピナは適当にごまかした。とにかく今はこの微妙な雰囲気を脱したい。
それでは私は、お師匠様のお手伝いがありますのでこれで
マリーを拾い上げ、スピナは足早にその場を立ち去った。彼女はどうにもユニスが苦手だった。ユニスはいつも明るく朗らかで太陽の様に輝いている。心根まで真っ黒な自分とは大違いだ。
ただOlを通じて顔を合わせる機会が多いというだけで、そもそもさして親しくもない。なのに何故こうまで気を揉まねばならないのか。心の中で文句を呟きながらも、スピナは彼女に送るものの候補を思い浮かべた。
その日、ユニスがリルに呼ばれ会議室へと向かうと、部屋の中は闇に包まれていた。空気から伝わってくる気配でリル達がいるのはわかるが、何故明かりを落としているのか。ユニスが問いかけようとしたその瞬間、ぱっと明かりがついて彼女の目は光にくらんだ。
ハッピーバースデー!
視界を取り戻したユニスが見たものは、飾り付けられた会議室と料理の並んだ卓、そしてたんじょうびおめでとう ユニスと書かれた横断幕だった。
突然の奇襲に理解が追いつかず、ユニスはぱちぱちと目を瞬かせた。
今日、誕生日でしょ?
ぷれぜんと、ようい、したよ!
黙っていてすみませんでした
口々に言う娘達に、ユニスの頬を一筋、涙が伝った。
えっユ、ユニス!? どうしたの!?
予期せぬ反応に、リル達は慌てた。ユニスは涙を流しながら顔を手の平で覆い、力なく首をふる。
ちがちがう、のごめん、あた、しだめ、なんだよ
嬉し涙にしては、その様子はあまりにも悲壮感に満ちている。言葉を失うリル達の前で、彼女の頭にぽんと手が置かれた。
全くだからやめておけといっただろうが
呆れた声をあげるのは迷宮の主。Olだ。
ユニス、顔を上げろ
しゃくりあげるユニスの髪をかきあげ、Olは彼女を上に向かせた。
大方お前はこう思っているのだろう。誕生日を祝ってもらう資格などない、と
ぼろぼろと涙を零しながら、ユニスはこくりと頷いた。
だって、あた、しのせいでお母様、は
言わんでいい
Olはそういい、くしゃりとユニスの髪を撫でた。その言葉に、リル達は己の失策を悟る。ユニスの誕生日はそのまま、彼女の母親の命日だったのだ。
だが、お前は一つ考え違いをしている
ユニスの頬を伝う涙を舐め取り、Olは言った。
誕生日などという物は、お前が生まれたその日に終わっている。今日という日は別にその日を祝うためにあるわけではない
聞くものの心を落ち着かせるような、深く低い、優しい声でOlは諭すように言った。
お前が今日まで生きた事。そして、お前を今日まで生かした全てのものに感謝をささげ、喜びを分かち合うための日だ
あたしを生かした、全てのもの
深く頷き、Olは背後を振り返る。そこには所在無さげに立つ仲間たちがいた。
お前の母は言うに及ばずそれを祝おうというもの達が、ここにこれだけいる
ユニスはリル達を見、そしてOlに視線を移した。
勿論、俺もそうだ
頬の涙の筋を拭い、ユニスはにっこりと笑う。ようやく戻った彼女の笑顔に、仲間達はほっと胸を撫で下ろした。
さて、食事が冷める前に食べる事としよう
そうそう! ユニスの好きなものばっかり作ったんだよ! 腕によりをかけて
かけたのは私とミオですが
ユニスの背を押して席へと誘導するリルに、スピナがぽつりと呟く。
ホントだ! 黒パンにエール酒、豚の腸詰にパンプキンパイ、それにパスタも!
あれ、パスタ?
用意した覚えのない料理に、ミオは首をかしげた。
ユニスは王族の割りに、素朴なものばかり好みますね
泣いた顔はどこへやら、笑顔でニコニコと口の中に料理を詰め込むユニスにスピナは半ば呆れてそういった。
んぐっていうか、スピナの料理が好き、かな? 料理上手だよね
何のてらいもなく自然にそういうユニスに、スピナは顔を背ける。その背を、何照れてんのとニヤニヤ笑いながらリルがつついた。
そうそう、プレゼントも用意したんだよ
そういってリルは机の下から包みを取り出した。他の娘達も隠し持っていた包みをそれぞれに取り出す。
わ、開けていい?
目の前に集められた包みを、ユニスは大喜びで広げた。まずは可愛らしい布の袋に入れられ、リボンで縛られた包み。
あ、それは私のです
恥ずかしそうに、ミオが言った。
気に入って頂けるといいんですが
中に入っていたのは、木製のブラシだった。
ユニスさん、髪の毛ふわふわだから朝大変そうかなって
ありがとう! そうそう、すぐ髪の毛はねちゃうんだよね
ユニスはポニーテールにした赤い髪を撫でながら、ぎゅっとブラシを抱きしめた。
大切にするね
次に開けたのは、同じような布の袋。しかしこちらは幾分大きく、口がゆるく縛られている。
えーと、これは?
中からは、木の枝や石がごろごろと出てきた。
あ、それ、わたしの!
手を挙げ、マリーが嬉しそうに笑った。
まっすぐな、きのぼうとー、すべすべでまるいいし!
うわーほんとだ! すごい真っ直ぐ! すごい丸い!
えへへーでしょおー
ニコニコと笑うマリーにユニスもニコニコと頬を緩ませた。
次にユニスが手にとったのは木で出来た箱だった。美しい装飾が彫られた箱の中には枯れた草が敷き詰められ、中央には毒々しい色をしたキノコが置かれていた。見るからに毒を持っていると主張するような、禍々しいキノコだ。
ああ、それは私だ。森の中で最強と呼ばれる毒性を持つキノコでな、刃に塗れば瞬く間に肉を腐らせ、骨まで冒す。難敵に使うといい
ユニスは無言で蓋を閉じ、笑顔を作って答えた。
うん、大切にするね!
間に封印という言葉を省略する。
次は
茶色いガラス瓶を開けようとするユニスの手を、スピナが止めた。
それは私のです。ここで開けると惨事になるので、どうぞ部屋でお使いください
一応聞くけど、中身って
媚薬スライムです
スピナは精一杯の笑みを浮かべて答えた。慣れぬ筋肉を動かし引きつったそれは、邪悪な笑みにしか見えなかったが。
あっ、でも今度はちゃんと絶頂に達したら停止するように調整してありますのでご心配なく
そ、そうなんだ
以前このスライムに襲い掛かられたときの事を思い出し、ユニスは頬を染めた。あの時は死ぬかと思ったが、停止するなら試してもいや、やっぱりこれはさっきのキノコと一緒に封印しておこう。ユニスは考え直し、最後の箱に手を伸ばした。
中から出てきたのは、なにやら非常に見慣れた形の棒状のものだった。
最後は私の! 完全にOlの最大時を再現した、1/1張り形、魔力で振動する機能つき
ねえ、スピナもリルもあたしをOlから遠ざけようとしてない?
とんでもない
二人は口を揃えて言った。
全く、もう
呆れたように呟き、ユニスは堪え切れず吹き出した。つられて、他の娘達も笑い出す。
ありがとうね、皆
目の端に涙を浮かべ礼を言う彼女に、Olは小さな箱を取り出し彼女に渡した。
ユニス。これは、俺からだ
えっ、Olもくれるの? なんだろ
それは銀で出来た箱だった。美しい彫刻の為された蓋をそっと押し開くと、中にはしかし何も入っていなかった。
俺の贈り物は、その箱自体だ。空間を曲げ、見た目よりずっと多くのものが入るようになっているし、中に入れたものは劣化もしない。これから得ていくお前の宝物を、それに入れていくがいい
満面の笑みで頷き、ユニスはOlに抱きついた。
幸せな宴は終わり、その後に。
それにしてもさ
パーティの後片付けをしながら、リルはボヤいた。部屋に残っているのは彼女と、Olだけだ。
知ってたなら、教えてくれたらよかったのに。ユニスのお母さんが、誕生日に亡くなってた事
結局は上手くいったのだからいいだろう
そりゃそうだけど
そこで、リルははっとしてOlの顔を見た。ミオが作った覚えのないパスタ。他の贈り物を入れる為の贈り物。あんな呪具、一朝一夕に作れるものではないはずだ。
もしかして狙った?
Olはニヤリと笑み、さてなと誤魔化した。
最終幕空に未来を描きましょう
うー
落ち着け。お前が焦ってもどうしようもないだろうが
扉の前をうろうろと歩き回るリルに、呆れた声でOlは言った。
そうなんだけどさあ
そういうOlも、先ほど役に立たないから外に出ていろと追い出されたばかりだ。
その傍にはスピナ、マリー、ザイトリード、ウォルフといった面々が顔を並べてまんじりともせず夜を明かしていた。
扉の向こうではメリザンドとその助手の僧侶が数人、産婆が付きっ切りでユニスの出産に立ち会っていた。
時折聞こえる苦悶の声に、まるで我が身の事のように顔をしかめリルは心配げに扉の前を右往左往する。
その時突然、赤子の鳴き声が聞こえその場にいた者たちは一斉にがたりと立ち上がった。
産まれたか!
自らたしなめていたリルを押しのけ、いの一番にOlは分娩室へと入った。
元気な男の子ですよ
産婆が火のついたように泣き喚く赤子を抱き、にっこりと微笑んだ。
よく頑張ったな、ユニス
分娩台に横たわるユニスの髪をそっと撫で、Olは彼女に口付けた。
そして、険しい表情をするメリザンドと共に、新しく生まれた我が子へと向き直る。
メリー、これは
ああ。やはり危惧していた通りいや、それ以上だ
赤子の額には、互いに重なり合う三重の輪が刻印されていた。彼が英雄に生まれついたことを標す、天の刻印。しかも三重と言う事は、三倍の英雄の力を持つ証だ。ユニス、ウォルフ、ザイトリード。彼はその力を掛け合わせたほどの、大英雄に育つだろう。
Olは産婆から赤子を受け取り、用意していた魔法陣の上に彼を浮かべた。ユニスの出産は無事に終わった。しかし、本番はこれからだ。
英雄の運命として多くあるエピソードのひとつに親殺しがある。自らの親を、それと知らず、或いはうらみに思って殺してしまうという話だ。そして多くはそれを悔い、或いは誓いに触れて自らも死ぬ。子殺し、恋人殺しに並びよくある話だ。
Olとユニスの子は、その運命を背負わされて産まれたに違いなかった。Olに今まで女児しか生まれなかったのも、この時の為。聖女を下したOlを確実に葬り去るために、もっとも英雄に相応しい子を天が待っていたのだ。
いくぞ、Ol! この新しい命に、そのような運命を背負わせてはならん!
しかし、Olとメリザンドはそれを元から予見していた。そのような運命を、英雄などという下らない力を、己が子に背負わせるつもりは毛頭ない。
理力で英雄としての力を無力化しつつ、魔力で英雄としての運命を捻じ曲げる。その為の準備を二人は十月十日ずっとしてきていた。
その様子を見守りながら、ウォルフは髭を撫で付けた。彼の鋭敏な感覚は、熱烈な歓迎の気配を察知していた。といっても、こちらにとっては嬉しくない歓迎だ。ご退場頂かねばならない、とウォルフは考えた。
この俺の出番も残しておいてくれるとは、全く天という物は気が利いておるな
頼めるか
我が孫の為だ。是非もない
ウォルフはOlに頷き、部屋を出た。