そりゃあ、そうだろ。レティちゃんマジ天使! いやあ、幼女は最高だよなあ

どうせすぐ大きくなっちゃうじゃない

わっかってねえーなぁー。それが、いいんじゃねえか

少しだけイラついた声色で言うと、ローガンはチチチと指を振ってリルのイラつきを大幅に増幅してみせた。

一瞬の煌めき。汚れを内包しながらもそれを知らぬ無垢な魂。実に、そそるねえ

汚れを知ったらもう用なしってわけね

そのイラつきのせいか、それともOlとの言い争いのせいか。リルにしては珍しく、気付けばそんな当てつけがましい事を口にしていた。

あぁ? そりゃどういう意味だ?

別に。ただそう思っただけ

ふざけんなよ、俺はなぁ

怒気も露わに、ローガンは己が主張を叫ぶ。

ビッチ幼女それはそれで、有りだと思います!

死ねっ!

リルの右ストレートが真っ直ぐに放たれた。

まーあれだろ。マリーの事が言いたいんだろ?

まあそうね

それを手の平で受け止めながら、ローガンはおどけた口調を改めてそう尋ねる。現世では殆ど一貫してふざけた態度しかとらない彼だが、リルにだけは真面目に接する事が稀にではあるが、存在した。

お前みたいな半端ものと一緒にするなよ、この俺を誰だと思ってやがる。人間なんて所詮悪魔にとっちゃ食い物にすぎねえ。十三歳以上のババアに興味はねえよ

でも、なんだかんだでマリーの事は気にかけてあげてるじゃないの

あるいはそれもふざけた態度と同じように、擬態に過ぎないのか。そう思ってリルが尋ねると、ローガンは急激に口を濁した。

まあそれはその、アレだ。子供の頃はあんなに可愛かったんだから、子を産んだらその娘も美幼女の可能性が高いだろ? だから、まあ、そのくらいはだな

なんだ。結局なんだかんだで気にかけてるんじゃないの

うるせえ! 妙な邪推するんじゃねえよ!

クスクスと笑うリルに、ローガンは四本の腕を組んで怒鳴る。

いいか、これはお前の為にも言ってんだぞ

わたしの為?

ああ。まあ、お前とはいい加減付き合いも長いからな

長い寿命を持つ悪魔達ではあるが、その性質が混沌であるがゆえに、互いに長く付き合うなどという事は滅多にない。リル達の様に同じ魔術師に呼ばれて十年も顔を合わせ続けるなどという仲はごくごく稀なものなのだ。それが故に、彼らの間にはちょっとした仲間意識のようなものがあった。

そのくらいの感覚でいろって事だよ。わかんだろ

数千年という長い時間を、彼はどういう思いで過ごしてきたのだろうか。ふとそんな事を想うリルに、ローガンは極めて真面目な口調のまま、続ける。

つまりお前もあんな爺に入れ込むより、ショタコンになった方が

誰がなるかッ!

リルの形のいい脚が美しい曲線を描き、今度はローガンの顎に綺麗に入った。

その時、りんと音が鳴ってリルは上を見上げる。

ほら、マリーが呼んでる。馬鹿なこと言ってないでさっさと帰るよ

へいへいちょっとあの穴、俺が通るにゃ小さくないか?

ただでさえ魔力食ってるくせに、この上迷惑かけておいて図々しいわね。その邪魔そうな腕でもそぎ落として通りなさいよ

ぽっかりと中空に開いた穴に、リルは軽々と身を滑らせる。どうしたものかと迷いながらローガンはその淵に手をかけ

待て! これはマリーのあけた穴じゃねえ!

そして、叫んだ。

ぽかんとした表情で声をあげるリルの身体に、紐状の魔力が絡みつく。

嘘っ、なにこれ

くそ! リル!

ローガンが腕を伸ばすも、リルの身体は物凄い速度で引っ張られてその手は届かない。そして彼の目の前で、穴はぱちんと弾けるように消え去った。

リルが浚われただと?

ああ、ありゃあちょっとヤバいかもな

その後すぐにマリーの開けた召喚陣から現世へと戻ったローガンは、そうOlに報告した。

悪魔を一本釣りする魔術なんてのは、聞いたことがねえ。しかもありゃどうも、本体ごと行ったぜ

悪魔の召喚というのは、呼ぶこと自体に強制力はない。魔力を餌にして呼び寄せて、現世に来たところを魔法陣で捕獲。その後交渉し、魂や血、魔力と言った対価を支払って使役するというのが一般的な方法である。

位の低い悪魔たとえばインプやブラック・ドッグというような、大した知性も持たない種類であれば魔力で無理やり使役するという事も出来る。しかしそれはごく一部の例外で、リル程度の階級になると並の魔術師にはもうそんな事は不可能だ。サキュバスはそれほど高位の悪魔ではないが、悪魔と人間にはそれほどの力の差がある。

流石に操る事は出来ないにしても、強引に召喚するだけでもそれは並の魔術師の範疇を大きく超えた力である。更に魔界に住む本体ごととなれば、Olとしても楽観視できる事態ではない。

Olが低く低く、声を出す。普段偉そうにしている彼が狼狽え、怒るのはなかなかに面白い見ものではあった。

まさか貴様はそのままおめおめと戻ってきたわけじゃないだろうな?

が、それもその矛先が自分を向いていなければの話だ。

まさか、落ち着いてくれよ旦那

ローガンはじりじりと後退りしつつも、彼を押し留めるように腕を広げる。

ちゃんと手は打ってるさ。文字通りな

彼の上側の右腕は、手首から先がすっぱりと切り落とされていた。

随分素敵な呼び方してくれるじゃないの

気付けばリルは、どこか見知らぬ部屋の中心に転がっていた。

手荒な真似をしてすみません

彼女の目の前に立ち、慇懃に礼をするのは20前後の男だ。Olの例もあるからそれが実際の年齢と一致しているかどうかはわからないが、すらりと高い背に整った顔立ち、にこやかに浮かべられた笑みは思わず信用してしまうような魅力があった。

だがそれがまったく当てにならない事は、リルの現状から考えて明らかだ。地面には複雑な文様が描かれ、立ち上る光の壁がリルと男とを隔てている。それだけでなく、その魔法陣は彼女の力を奪い、使えなくしているようであった。

目の前に立つ男を睨み付けながら、彼女はよろよろと両の脚で立ち上がった。重力に抗う力すら封印され、今のリルは人間の娘とほとんど変わらない。

私の名前はマルクト。どうぞ、よろしくお見知り置きを

あなたの名前なんてどうでもいいわ

品のある声でそう名乗り、優雅に一礼する彼をリルはそう切り捨てた。

わたしに何の用なの? さっさと帰してほしいんだけど

出来れば少し会話を楽しみたかったところですが、致し方ないですね

マルクトはその場に跪くと、まるで貴婦人に仕える騎士のような仕草で、リルを見上げる。

私のものになっていただきたい

予想外の言葉に、思わずリルは惚けたように声をあげた。

貴女を初めて見たのは、忘れもしない10年前の事です。邪悪な魔術師Olに連れられた貴女は可憐で美しく、私は一目でこの心を奪われました

マルクトがリルに向ける視線は、どこまでも真摯だ。

悪魔というのは嘘に敏感だ。よほど巧妙に嘘をつくか、自分自身さえも騙すほどの演技力でもなければすぐに暴いてしまう。しかしそんなリルの目から見ても、彼は本気で言っているようだった。

そして貴女を追いかけて、内面を知り私はそこにも、惹かれました。貴女は見た目だけでなく、その心の在り方も美しいのだと知った。貴女はただの悪魔ではない。私には、そう思えるのです

厄介なことに、マルクトの言う事は当たっている。心の美しさはともかくとして、前世、人であった頃の記憶を持つリルはあらゆる意味でただの悪魔ではない。

悪いけど、お断りよ。あなた全然私の好みじゃないし

リルがそうきっぱりというと、なぜかマルクトは嬉しそうに微笑んだ。

良かった。淫魔は恋などしないだとか、人間なんか相手できないなんて言われなくて

そんな事は、言えるわけがなかった。リルは言葉を返せず、ただ押し黙る。

それならまだ、私にもチャンスがあるという事ですね。では、また明日

そういって踵を返すと、マルクトは部屋を出ていった。

リルは光り輝く小さな結界の中、ため息をついて座り込む。

旦那も相当なもんだが、ありゃ輪をかけていかれてんな

そして、背後から突然聞こえた野太い声にびくりと身体を震わせた。

ローガン!?

リルの影の中からひょこりと姿を見せるのは、赤い身体に四本腕の悪魔ローガンだ。しかしその姿はあまりに小さく、リルの手の平に乗ってしまう程のサイズだった。

どうしたの、そんなに縮んじゃって

あの時咄嗟に、腕の先だけ切り離して分け身を作ったんだよ。おめおめとお前さんを連れてかれたら、旦那にどやされるだけじゃ済まねえ

あーOl、結構心配性だしね

頬、緩んでるぞ

努めて冷静に振る舞うリルに、ローガンはそう指摘した。彼女はうっと呻いた後、渋面を作って両頬を抑える。

まあともかくだ。あっちの俺が旦那に滅ぼされねえうちに、さっさとあの魔術師の要求を呑んでこの結界を解かせろよ

コンコンと光る壁を拳で叩きつつ、ローガンは言った。ただでさえミニサイズになっている上、リルと同様に結界の影響を受けた彼の能力は今や幼いレティシアと互角程度で、直接的な助けにはならない。

そうすりゃ、ここがどこだかわかる。わかれば後はこっちのもんだ。転移除けの結界が張ってあろうと、ユニスの嬢ちゃんがさっと来てスパッとあいつの首を刎ねて終わり。簡単なもんだろ

まあそうだけど

英霊たるユニスは強い。卑怯じみた自在の転移能力は言うに及ばず、その剣の腕も相まって、魔術師どころか悪魔でさえ彼女に勝てるものは殆どいない。あのマルクトという魔術師に多少腕に心得があったとしても、おそらく勝負は一瞬で終わる。

でも、一瞬でもあいつのものになるとか嫌だなー

おめえなあ、そんな我が儘言ってる場合じゃないだろ。まあ、気持ちはわからんでもないけどよ

混沌をその旨とする悪魔は、他人に束縛されることを嫌う。魔術師に使役されるのだって、対価あってのことだ。人間のものになれ等という命令は受け入れがたい。

まあ、そうなんだけどさ

勿論、リルの場合は別の事情もあったが。

日がゆっくりと赤く燃えながら、大地の果てへと沈んでいく。窓から降り注ぐ日の光の代わりに、魔力が天井を流れて灯りが瞬く。Olとスピナが黙々と紙束に目を通すのを邪魔しないように気をつけながら、ユニスはカーテンをそっと閉じた。

リルの場所はまだわからんのか

苛立ちを隠しもせずに、Olはローガンに鋭い声を投げつける。

落ち着けって。たぶん、結界か何かに囚われてんだろうよ。俺から連絡があったらすぐに知らせてやるから

まだ結界に囚われているだと?

大量の紙束をめくる手を止めて、Olはローガンに視線を向けた。

悪魔との契約に、そう何時間もかけるものではないだろう

そう言われりゃ、確かにそうだな

つまり、恐らくはリルが契約を拒んでいるという事だ

椅子を立って部屋の中を歩きながら、Olは言葉を紡ぐ。考えを纏める時の彼の癖だ。

考え得る理由は二つ一つは、俺に不利益な内容であるという事だ。リルを狙い打ってかどわかしたのであれば、狙いはこの迷宮、もしくは俺の命である可能性が最も高い

Olを殺してこい、とか言われて、リルが承知するわけないもんね

どこか誇らしげに言うユニスに、Olはあえて同意しないまま、二本目の指を立てた。

もう一つは、理不尽な内容例えば、完全にその存在を縛るようなものであった場合だ。そして俺はこちらの方が可能性が高いと睨んでおる

何故ですか?

多少特殊な部分はあろうとリルは結局のところ、あまり強い魔力も持たない淫魔に過ぎない。そんな彼女を支配する必要性がよくわからず、スピナは首を傾げて師に問う。

リルが相手に与したところで、大した害がないからだ

そして己が考えていたことをほぼそのまま言われて、更に疑問符を浮かべた。

正直に言って、リル一人が俺達の敵に回った所で何の問題もない。心情的には抵抗があるかも知れんが、さっさと契約して貰った方が結果としてこちらにとってはありがたい

あ、そっか、なるほど

言っておくがお前が同じ状況になったら、絶対に契約するなよ

納得が言ったように深く頷くユニスに、Olは釘をさす。リルと違ってユニスは、敵に回れば一人でこちらを全滅させかねない。

しかし、リルを完全に操るとしても、何をさせるつもりなのでしょうか?

幾らでもやりようはある。悪魔は契約には逆らえんからな。死ねと言えば死ぬしかない。人質にとるもよし、何食わぬ顔でこちらに戻して内部から手引きさせるもよしだ

俺ならそうする、と言わんばかりにOlが言うと、奇妙な沈黙が訪れた。

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