ユニスの振り下ろした剣が、彼を頭から股間まですぱりと両断していた。
なるほど、やはりそうなるか
ふあ、と欠伸をしながら、横たわっていたOlは上半身を起こす。そして、マルクトとなった己の形代をじろじろと眺めた。
まあ、そうそう上手い話があるわけもないだろう。お前は自分の事をマルクトだと思っていたのかも知れんが、それもどうなのだろうな少なくとも俺の知る奴は、そんな男ではなかったぞ
そん
何かを言うよりも早く、マルクトはユニスの剣によってバラバラに切り刻まれて、今度こそ世界から消滅した。
ご苦労だったな
うん。あたしも仕返ししたかったし
からりとそう言って剣を収め、ユニスはリルに視線を向ける。
貸し一ね
そしてそう言ってパチリと片目を閉じてみせると、転移して消えた。
あ、あの、Ol
二人きりで部屋に残され、何となく気まずい思いでリルは会話の糸口を探す。謝るべきか、それとも他に何か言うべきか
気にするな
それを彼女が決断するより早く、Olはそう言った。
どうせ俺の魂は、死ねば間違いなく魔に落ちる。お前の同類になるのも、まあ、悪くはない
でも、それはOlじゃないもの
それはもう何度も考えた事だ。リルがラズの記憶を引き継いではいても別の存在であるように、Olの魂が悪魔となっても、それはもはや別の存在だ。記憶だって引き継ぎはしない。
Olも頷き、それを肯定した。
お前もラズではない。だが、俺はどちらも愛したいや、今なお、愛している。同じ相手に三度巡り合い、三度惹かれるのも悪くはないとは思わないか?
それがリルへの慰めの言葉である事はわかった。
うんそうだね
しかし、リルはそれに頷く。
そんな事が起こる可能性は天文学的に低いし、ピンとはこない。
うん。悪くないかも
それでも彼女は微かに笑んで、遠い未来に思いを馳せた。
9.老いたる魔王と若き青銀の魔女
一巻終了後、Web版で言うと第11話魔王を始めましょう直後の話です。
えっと
白のビショップで黒のルークを倒し。
これ、勝負ついた?
ウィキアは半信半疑の面持ちで、そう尋ねた。
ああ。ここから四手でチェックメイト。お前の勝ちだな
Olにそう言われても、いまいちしっくり来ない。
確かにその読みはウィキアの方も同じなのだが、自分がOlにチェスで勝つという事に現実味は全くなかった。
手を抜いたりしたの?
何故そんな事をせねばならん。正真正銘、お前の勝ちだ
駒を片付けながら答えるOlはどこか不満そうで、ウィキアはようやく自分が勝利したことを実感し始めた。
勝てるとは思わなかった
ぽつりと漏らしたその言葉は、本心である。
別に不思議な事ではない。所詮机上の遊戯だ。一対一の勝負、手持ちの駒は互角で、その動きは全て互いに見える。奇種奇策の類は用いにくい。その条件でなら、お前の方が俺より上というだけの事だ
だからこそ相手を命じた、とOlは言う。
チェスの相手をしろと言われた時には今度は何を企んでいるものか、とウィキアは思ったが、二重の意味で肩透かしを食らった気分だった。
それでも信じられんと言うならそうだな。一つ、褒美でもくれてやろう
褒美って
どうせまた厭らしい事をするつもりだろう、とウィキアは身構えた。
既に彼女は心身ともにOlのものだ。請われれば否やはないし、別段、嫌というわけでもない。むしろ抱く時は普段よりも優しく扱ってもらえるから正直悪い気はしない。
だがそれを褒美と言われれば、嬉しくなどないと虚勢を張る程度の意地はまだ残っていた。
何でもいいぞ。流石に首を寄越せと言われれば困るが、そういった事でなければ例えば、呪を解いて地上に戻りたいと言うのなら、それでもいい
だから、Olの言葉はウィキアに強い衝撃を与えた。
本当に?
無論その場合は、この迷宮の記憶は消させてもらうがな
思ってもみない申し出に、ウィキアの頭は酷く混乱していた。
Olが本気で言っているのかさえ判別できずじっと彼の目を見ても、いつも通りの至極生真面目な表情で見つめ返されるだけだ。
別に、今すぐ決めずとも良い。存分に悩んでこい
そんなウィキアの心中を見透かしたかのように、Olはそう言った。
はあ
気づいた時には、ウィキアは自室のベッドに突っ伏していた。
頭の中を、Olから投げかけられた言葉がぐるぐると回っている。
考えるのは、その真意は何か、という事だった。
あれだけ策を巡らせて己のものにしたウィキアを、そう易易と手放すものなのだろうか。何かの罠や策略なのではないか。
そう思う一方で、ウィキアの思考の冷静な部分が、それはありえない、と告げる。
ウィキアは既に真名をOlに伝え、その身に刻印さえ刻まれた身だ。身体も、心も、魂さえOlのものと言っていい。自由意思だけは残されているが、それすら彼がその気になればすぐさま奪ってしまえるものでしかない。
ウィキアに何かをさせたいのなら、別に策など弄せずともそう命じるだけでいいのだ。
ならば、何故なのか。
本当に、額面通り解放してくれるつもりなのだろうか。
いや、そんなことがあるはずがない。そこで、思考はまた最初に戻る。堂々巡りだった。
どうしたんですか?
鈴の音のような心地良い声に顔を上げると、透き通った青い瞳がウィキアを映していた。愛らしい顔立ちを心配そうに歪めて見つめるのは、かつての仲間であり、今は同僚であるShalだ。
そういえば、自分が解放されるとして、彼女たちはどうなるんだろう。
ふとそう思い立ってから、今までそこに思考が向かわなかったことにウィキアは自分で驚いた。
初めて囚われた時には、仲間をどう逃すかばかりを考えていたはずなのに。
Shal。もしかしたら、解放して貰えるかもしれない
Shalはパチパチと大きな瞳を瞬かせる。
地上に戻りたいなら、そうしてもいいって
Olの口ぶりからすれば、Shalやナジャも一緒に解放してもらえるのではないか。
そんな軽い思いで口にした言葉に、Shalの目からボロボロと涙が溢れ始めた。
あっ、あたっあた、しっ、は、もうい、いら、ないっ!て、こと、ですかあっ!
涙は見る間に大粒になり、Shalはしゃくりあげながらそう叫ぶ。
えっ、いや、そういう訳じゃないと思う。飽くまで、出て行きたいならって事で
思いもよらない反応に、ウィキアは慌ててShalを宥めた。
でも、でもっ
だが、Shalの涙は止まらない。
出て行ってもいいってことはっ!Ol様にとって、居なくてもいいってことじゃないですかっ!
ハンマーで殴られたかのような衝撃に、ウィキアは思わず身体をよろめかせた。
自分がショックを受けている、その事自体にショックを受けているのだ。
ShalはOlに、必要とされたいの?
あたり、まえ、じゃないですかあ
服の袖で涙を拭いながら、Shalは答える。
大丈夫よ
その頭をぽんと撫でながら、ウィキアは言った。
そう言われたのは私だけだから。Shalの事は手放したりしないでしょう
そうで、しょうか
ひくひくとしゃくりあげながらも、Shalはどうにか落ち着きを取り戻す。
笑みを浮かべて頷きながらも、ウィキアの心中は複雑だった。
裏がなく、言葉通りに解放されるなら、それは自分はもう不要ということではないか。
そんな事は、認めたくない。
堂々巡りの思考が隠していた本音を、Shalに暴かれてしまった。
彼女のように取り乱すほどではないが、それはずいぶんと気の重くなる事実だった。
ウィキアさんはここを、出て行っちゃうんですか?
目尻に光るの涙を指で拭いつつ、Shalは問いかける。
肯定ではなく、思案しつつ言葉を返し。
Shal、考えるのを手伝ってくれる?
ウィキアの言葉に、Shalは首を傾げた。
決めたわ
数日後、ウィキアはOlの元を訪れてそう言った。
Olはさして興味もなさそうに問い返す。
そんな彼に、ウィキアは用意していたものを叩きつけた。
なんだ、これは?
テーブルの上に置かれたのは、チェス盤に似た木の板だ。
ただしマス目の数が多く、色も塗り分けられていない。
ただ木の板の上に、縦横九マスずつが区切られていた。
私が考えたチェスの一種よ
答えながら、ウィキアは袋から木で作った駒を取り出して並べていく。
こちらもチェスとは違い、色はない。しかし向きでどちらの駒なのか区別できるような形になっていた。
普通のチェスとの違いは、駒の種類が少し多いことと倒した駒を、自分の駒として扱える事
興味をもったのか、Olは身を乗り出して駒を手に取りしげしげと見つめた。
願いは、これで私と三回勝負してもらうこと
駒を並べ終え、ウィキアは言う。
一度勝つごとに一人、私達を解放してもらう。そういう勝負を
別にそんな勝負をせずとも、お前達三人纏めて解放しても構わんぞ
受けてくれるの、くれないの?
Olの言葉をあえて無視して、ウィキアは詰め寄った。
青銀の瞳が、矢のようにOlを射抜く。
Olはしばし思考を巡らせた後、ゆっくりと頷いた。
詳細なルールを教えろ。その勝負、受けて立ってやる
結論から言えば、勝負はウィキアの惨敗だった。
新しく作ったばかりでろくに研究もしていないルールには、定石も何もない。互いに手探りで勝機を探しつつ、取った駒はどこにでも置けるため縦横無尽に戦場を駆ける。
敵兵を捕らえ洗脳し、迷宮の魔術で転移しての奇襲をイメージしたそのルールにいち早く順応したのは、Olの方だった。
そうでなくとも、普通のチェスとは打てる手の数が段違いだ。手段が増えれば増えるほど、Olはその力を増していく。深く先を読むウィキアに対し、Olは広く視野を持っているのだとわかった。
これで私の三戦三敗ね
そうだな。そのようだが
あっさりとした様子で両手を上げるウィキアに対し、Olは腑に落ちない様子で頷いた。
なあに?
そんなOlに、ウィキアはニッコリと笑ってやった。
いや
何がウィキアの狙いなのかわからないのだろう。
かと言って、相手に直接聞くような愚かなことをする男でもない。
試すような真似をするからよ、とウィキアは内心で呟く。
いずれOlもこれがただの嫌がらせに過ぎないことに気づくだろうが、それまで精々苦しめばいい。
眉間に皺を寄せて思い悩むOlにべっと舌を出し、ウィキアは笑みを押し殺しながら部屋を出ていった。
8.アールヴの巫女と魔王の弟子
最近、Ol様があんまりオマ○コしてくれないんです
その物言いのせいではないだろうか。
ナジャは喉元まで出かけたその言葉を、何とか飲み込んだ。
あたし、Ol様に捨てられてしまうんでしょうか
単にお忙しいのだろう。小国とは言え、国を一つ従えたばかりだ
代わりにShalを慰めるように言ったそれは、嘘ではない。
実際、フィグリア王国を支配することに成功したOlはここ最近と言うもの、多忙を極めていた。そもそも迷宮に帰らない日も多い。
そう、なのでしょうか
美しいエメラルドグリーンの髪から突きだしている細長い耳が、しゅんと垂れる。こうしている様は何とも儚げで繊細な美少女なのだが。
我々は留守を任されているのだ。これほど重要な任を与える相手を捨てることはなさらないだろう
それはそうなんですけどぉ
そう言う事じゃなくて、と言いたげなShalの気持ちも分からないではない。ナジャもShalも、Olの部下であると同時に愛妾の一人でもあるのだ。
戦士としてだけではなく一人の女としても必要として欲しいという思いは、ナジャにもあった。
フィグリア王妃は、とても豊満な方だとお聞きしました
ぺたぺたと己の胸元を撫でさすりながら、Shal。
やっぱりOl様もおっぱい大きい方が良いんでしょうか
その視線はナジャの胸元をじっと刺し貫いていた。
そんな事はないんじゃ、ないか?
思わず己の豊満な胸を腕で押さえつけながら、ナジャは身をよじる。
剣を振るときには邪魔としか思えないその膨らみ。しかしOlにそこをなぶられたり、乳房を使っての奉仕をしているときなどは、誇らしさを感じるのも嘘ではなかった。
ほら、ユニス様も大きい方ではないだろう
疑わしげな視線を向けてくるShalに、ナジャは慌ててそう言い繕う。少年のような雰囲気を持つ彼女は、Shalほどでは無いにしろ身体の凹凸に乏しい。
そもそもリル様がいる時点で、体格を競っても仕方ないんじゃないか?