相変わらずエグい手ばっかり考え付くのね、なーんて
ユニスがリルの声真似をして、肩をすくめる。こんな時Olに呆れながらも突っ込む役は、リルのものだ。
絶対助けようね、Ol
無論だ
意気込むユニスに頷き、Olは再び手元の紙束をめくり始める。スピナもそれを手伝い、幾つも分身を増やして作業へと戻った。
ところでさっきから、何を調べてんだ?
指定した悪魔を強制的に呼び出すなどという事が、並の魔術師に出来るわけはなかろう。であれば、大なり小なり必ず名を知られているはずだ。そういったものを探しておる
無数の紙束を選別しながら、Olはローガンに答える。紙に書かれているのは複雑な暗号化を施された魔術文字で、Olとスピナでなければ読むことは出来ない。
そんな事できんのかよ
当然だ。情報は戦の基本だぞ。この大陸にすむ魔術師は、高名なものから無名な辺境の魔術師の弟子に至るまで網羅させておる
山のように高く積まれた紙束は、全て魔術師の情報だ。己の知識を秘匿しがちな魔術師をよくぞここまで調べ上げたものだ、とローガンは呆れつつも感心した。
その中でも、そんな芸当が出来そうな者はこの辺りだな。宵闇のノクティスに、長き腕ブラキウム。それに影渡りハスタか
いずれも、召喚術師として高名な魔術師だ。しかし、ハスタはどちらかというと自分自身の転移を得意とする魔術師で、ブラキウムは逆に物質を手元に取り寄せて戦うスタイルだ。ノクティスは悪魔をよく使うがムラっけのある性格で、ピンポイントで悪魔を浚うような魔術はどうも印象が違う。
お師匠様、こちらのものは?
スピナが一枚の紙を拾い上げて問うた。そこに記載されているのは、求めている情報に最も近い。優秀な悪魔召喚士であり、緻密な魔術を得手とする男。
これは古い情報だ。名前に赤いインクで線が引かれているだろう。こいつの事は知っている
だが、Olは首を横に振った。
マルクト。もう随分前に死んだ、召喚術師だ
おはようございます。ご気分はいかがですか?
おはようも何も、こんな窓もない部屋じゃ時間もわからないじゃない
それは申し訳ありません。ですが、この部屋に窓はつけられないもので
申し訳なさそうに謝るマルクトからそっぽを向きつつ、リルは考える。窓をつけられないという事は、やはりここは地下であるらしい。
それで、そこから出ていただける気分になりましたか?
出してくれるんなら、いくらでも出て行くけれど?
私の愛に応えていただけるのなら
恥ずかしげもなく愛などと口にする男に表情を歪めないよう気を付けながらも、リルは軽くしなを作った。
それなんだけどもう少し、条件何とかならないの?
と、申されますと?
いきなり自分のものになれって言われても、困るわ。だってわたしはあなたのこと何も知らないんだもの
淫魔らしい妖艶さで流し目を送り、甘くリルは囁く。
少しずつ知っていただければ結構ですよ
あなたはそう思うかもしれないけれど、人の時間はわたし達に比べて短いの。好きになった頃にはしわくちゃのお爺ちゃんなんて
自分で言いかけておいてリルは少しだけ逡巡し、
困るわ
控え目に、そう言った。
それに、こんな小さな円の中にいるのはとても退屈で、窮屈なの。ねえ、あなたの言うことは何でも聞くわ。だからここから出してちょうだい。どうせ縛られるなら、ベッドの上の方がいいの
私の言うことは何でも聞く本当ですか?
マルクトは少し悩むそぶりを見せながら、リルにそう尋ねる。
ええ。約束する。絶対にあなたの言うことは、聞くわ
意外と、チョロい。リルは内心ほくそ笑んだ。言うことを聞くなんて言う契約は悪魔の常套手段で、文字通り相手の言っていることに耳を傾けさえすれば良いだけの話だ。
わかりました。ではその契約で結界を、解きましょう
光の壁が取り払われるやいなや、リルは両手の爪を剣のように伸ばして襲いかかった。
左右三対の赤い爪がマルクトの首元を貫く寸前、しかしピタリと止まった。マルクトの口元が動き、小さく何かを呟いているからだ。契約によって、リルはそれを聞こうとしなければならない。
予想外の事態に、リルは一瞬己の影に目を走らせた。
こちらの小悪魔に期待しているのでしたら、それは無駄ですよ
いつの間にかローガンはマルクトの手の中にあった。彼は深く深く笑みを浮かべながら、それをぐしゃりと握りつぶす。弾け飛ぶ肉塊はさらりと闇の粒子となって消えた。
ローガン!
申し訳ありませんが、結界は二重に張らせてもらいました。貴女の力は元のままですがご要望の通り、窮屈ではなくなったでしょう?
マルクトはリルの爪を半ばからへし折ると、ぐっと彼女の腕を掴んだ。リルは反射的に振りほどこうとしたが、まるで万力の様に握りしめる彼の手はびくともしない。いくらリルの能力が落ちているとは言っても、その握力は魔術師をいや、人間の域を越えていた。
ついでにベッドも用意しました。ご希望の通りです
そのままマルクトはリルの身体をぐっと引き寄せると、いつの間にか用意されたベッドの上に彼女を押し倒す。
何なの、あなたは
言ったでしょう? リル。あなたを愛している男ですよ
低く唸るリルに微笑み、マルクトは彼女の身体の上に覆い被さる。
食いちぎるわよ
嫌悪感を隠しもせず、端的にリルはそう言った。
淫魔を舐めないでちょうだい。魔力を封じられたって、下の口でも指を骨ごと千切るくらいの圧力は出せるんだからね
ガチガチと歯を鳴らしながら、リルはそう凄んで見せた。
いいでしょう
顔をひきつらせつつも、マルクトはリルから離れる。
ですが忘れないでください。もう助けは来ない。あなたは必ず、私のものにして見せます
そういい残し、彼は再び部屋を出ていった。扉に、ガチャンと鍵がかけられる音がする。
出て行くって事は、結界はこの部屋よりも広いって事よね
結界というのは、自由に出入りできるものではない。出入りしてしまえばその結界は境界を失って崩れ去ってしまう。と言うことは、今はリルと同様にマルクトもその結界の中にいるということだ。
ローガンが死んで助けが期待できなくなった以上、自力で何とかしなければならない。あの役立たず、と心の中で罵倒しながら、リルは行動を開始した。
それでも彼女は微かに笑んで後編
ヤベッ
何がだ? 言ってみろ、今の俺は気分がいい。半殺しくらいですむかもしれんぞ
ふと呟くローガンに、Olはいっそ優しい声でそう言った。
やめてくれって、旦那が言うと冗談に聞こえねえ
当然だ、冗談でも何でもない
かき集めた情報から当たった魔術師はどれもこれも外れで、Olは明らかに余裕をなくしている。
分け身が死んだんだ。それも、どこにいるのかわかんねえまま
どこにいるかわからないのに、死んだことはわかるの?
ああ、これこの通りよ
ユニスの問いに、ローガンはひょっこりと生えた右腕を見せた。
俺の腕って存在を使って、もう一人の俺を作ってたからな。そっちが生きてるうちは、魔力を注ぎ込んでもこの腕は治らねえ。逆にそっちの方が存在しなくなれば自然とこっちに戻ってくるって寸法よ
意外に器用な事が出来るものなのだな
まあ、伊達に何千年も生きてねえってこった
待てよ。それなら、打てる手もあったんじゃないか。魔界を通れば、その繋がりを通じてリルの元へと辿り着ける
気弱な魔獣くらいなら射殺せそうな程に鋭い視線を投げかけるOlに、ローガンは慌てて弁明する。
無茶を言うなよ。そんな精細な探査を出来る悪魔なんているわけねえだろ。大体、どこの酔狂な悪魔がそんな事に協力してくれるってんだ。契約が有効なのはこっちにいる間だけだぞ
悪魔が現世でその実体を保つには魔力が必要だが、人と違って彼らは自力でそれを手に入れる事は殆ど出来ない。ゆえに悪魔は魔術師と契約し、対価として魔力を得る事によってその存在を保つ。
逆に言えば、存在することに力の必要ない魔界においては彼らを縛るものは何もないのだ。仮に現世でそのような命を受けたとしても、守る義理も義務もなく、そんな事に力を貸すような悪魔は滅多にいない。
しかしその言い方に、Olは別の意図を感じた。
酔狂な悪魔が存在すれば、可能とでも言いたげだな?
ローガン様を舐めんじゃねえよ。予備ぐらいは抜け目なし、だぜ
ローガンはそう言って、四本の腕を掲げて見せる。下側の左腕もまた、先端が失われていた。
だが俺は無理だぞ。俺がこっち側にいなきゃあ、繋がりが辿りようがねえ。つーかそもそもそんな技無理だからな
細い魔力の繋がりを探り、魔界側から門を開く。悪魔を狙って召喚するのにも勝るとも劣らぬほどの曲芸じみた操作が必要だ。悪魔は大量の魔力を持つがゆえに、そう言った小手先の技は苦手とする。
そんな事が出来るものは、Olが知る限りでもたった一人。
俺が行く
彼自身だけだった。
こんなもん、かな
木を組み合わせて作り上げた不細工なそれを見て、リルは複雑な表情を浮かべた。道具も材料もないから仕方ないとはいえ、酷い出来だった。ちなみに材料はマルクトが置いて行ったベッドだ。
折られた爪をナイフ代わりに使って加工したそれは、見た目としては台座のついた筒と言った風情のものであった。筒は斜め上に傾いて取り付けられており、前後に回転するようになっている。そして複雑な紋様が筒の先端から根元に向かって河のように掘られ、台座から地面へと広がっていた。
さーて、上手くいけばいいけど
リルはそれを、扉とは逆側の壁に向けて設置し、短く呪文を唱えた。今のリルは悪魔としての能力を全て封じ込まれていて、魔術を使う魔力もない。だが、魔力がなければ魔術を使えないというわけでもなかった。
自分の身体から取り出さなくても、魔力自体はすぐ足もとに大量にある。結界を形作る魔法陣から僅かに漏れる魔力を取り入れて、その力を用いて更に魔力を吸い上げる。
そうしてかき集めた魔力を一気に放つ砲ただの組み木ではその威力に耐えきれず壊れてしまう、一度きりの魔兵器だ。
雷鳴の如き凄まじい音と共に、魔力が放たれる。収束しきれなかった魔力はあちこちに飛び散り、埃を巻き起こしてリルはケホケホと咳き込んだ。
しかし、どうやら
成功、ね
ぽっかりと壁に開いた奥には、通路が姿を覗かせていた。
魔法陣というのは基本的に点対称でなければならない。勿論完全に対称というわけでもないが、扉の先に通路があるのなら、部屋を挟んだ逆側の壁の向こうにも同じように通路がなければそういった図形を描くことは不可能だ。そんなリルの読みは見事に当たった。
廊下に掲げられた魔法の松明を叩き壊しながら、リルは無暗に廊下を走る。思った通り、地下迷宮のようだ。Olのダンジョンほどの規模はないだろうが、抜けるのには相当苦労するだろう。
そして同時に、彼女はある一つの可能性に気付いた。道をゆっくりと戻り、今まで叩き壊した松明を拾い集め、組み合わせていく。彼女の予想が当たっていれば、時間だけはたっぷりとあるはずだ。
そうして材料と魔力を集めながら進んでいけば、やがて彼女の嗅覚はそこを嗅ぎ付けた。迷宮に住むものとして、そして迷宮を設計するものとしての勘が、そこが到達点であると告げている。
扉を蹴破るようにあけると、はたして、マルクトが両腕を広げてそこに立っていた。
迷宮にはどれだけ迷うように作り上げても、必ず通らなければ先に進めない道、というものが存在する。そうでなければ、それは迷宮ではなく単に出口の多い通路に過ぎないからだ。リルが逃げ出したことを察知すれば、マルクトは必ずそこで待つだろうという予感があった。
やあ、ずいぶん遅かったね、リル。もっとも女性の支度というのはとかく時間が
台詞の途中で、マルクトの顔面が爆発した。リルが即席で作った魔力砲が火を噴いたのだ。
更にどん、どん、どん、と立て続けに三連発。爆炎がまるで花のように咲いた。待ち受ける以上、その場を離れるわけにもいかない。その間に、リルはたっぷりと戦いの準備をさせてもらったというわけだ。
ふぅっ、これでちょっと溜飲は下がったかな
それはよかった
爆煙の中から現れたマルクトに、リルは目を見開いた。その身体は人の形を保っていたが、目はまるで紅玉のように輝き、口は引き攣れて頬まで裂けている。
おや申し訳ない。流石に形を保てなくなってきたようです
何なの、あんた!
見た目通りの人間だとは思ってはいなかった。だが、これはあまりにも人からかけ離れている。