ローガンはShalの援護を受けながら戦ったが、結局ユニスに一撃も浴びせる事ができずに負けた。善戦と言っていいだろう。十合以上は打ちあったのだから。
ほんの一呼吸程度で負けたナジャ達に比べれば、かなりマシだ。
そうね。あそこまで無茶苦茶だとは思わなかったわ
あれは勝てる気がしないですねー
ウィキアとShalもナジャに同意する。
しかしその口調はナジャとは少し異なっていた。
悔しくないのか?
あそこまで圧倒的だと、悔しいって気は逆に起きないですね敵じゃなくてよかったなって思います
武力で真正面から勝てる相手では無いって事がはっきりしたから、勝とうとするなら策を練るわ
ナジャも頭では、二人の言うことはもっともだと思った。
只人の身で英雄に勝とうという方が無茶なのかもしれない。
だが、物心付く前から剣を振ってきた身として、自分よりも何歳も若い小さな少女に手も足も出ないというのは、受け入れがたいことだった。
魔術を合わせた戦いで負けるのは仕方ない。
だがせめて、剣だけでも勝ちたい。
そんな想いを抱えながら、ナジャはShalとウィキアが自室に帰った後、一人こっそりと訓練室へと戻った。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて呼吸を整える。剣を両手で構え、小指から順に力を込めて握っていく。力は入れすぎても、抜きすぎてもいけない。そのまま剣を振り上げ、一気に下ろす。
フッ、と鋭い風切音が鳴った。
一切無駄のない一撃を放てた時だけになる音だ。今のナジャでは、こうして気を落ち着け、正しい構えを取らなければ出せない音。無論、実戦の中で出せるのは百に一度、あるかないか。
だがこの音を常に出せるようになれば、ユニスにも勝てるかもしれない。その先に剣の頂があるのだと信じて、ナジャは無心で剣を振り続ける。
炎弾(フレイムバレット)
不意に聞こえた声と膨れ上がる魔力に、ナジャは反射的に振り向く。そのまま考える暇もなく剣を振り下ろすと、彼女に向かって飛んできた火炎球は真っ二つに切り裂かれてナジャの背後に着弾した。
おお、すごーい
目を大きく見開いてパチパチと拍手しているのは、ユニスだった。
彼女に攻撃された事に驚くべきか、自分の剣が魔術を切れた事に驚くべきか、ナジャは混乱して剣を構えたままの姿勢で呆然とユニスを見つめる。
ごめん。その音の剣なら、魔術切れるんじゃないかなって思って、つい
ユニスは悪戯っぽく笑って、自分の後頭部に手をやった。
びっくりしました
うん、だよね、ごめんね
流石に申し訳なさそうに、ユニスは頭を下げる。
ナジャさんってさ、うちの人だよね?
ええ。グランディエラの生まれです
赤い髪に緑の瞳、褐色の肌。ユニスとナジャに共通するその特徴は、典型的なグランディエラ人のものだ。つまりナジャにとってユニスは仕える主人の情婦であり、同時に故国の姫でもある。二重に敬意を抱くべき相手といえる。
お願い、あたしに剣を教えて!
はあ?
そんな相手に、思わず不遜極まりない声が出た。
あ、申し訳ありません、ですが御存知の通り、私にはユニス様に教えられるような事は何もございません
ううん、そんなことないよ。ナジャさんの方が剣は上手いでしょ
真剣な表情で、ユニスは首を振る。それは、事実だった。
使っている剣技自体は同じ流派だから、技は比べやすい。
百回戦えばユニスが百回勝つ。
だが、技術という点に限って言えば、ナジャはユニスの遥か高みにあった。
ですが私の剣など、ユニス様には不要でしょう
獅子は何故強いか。
そこに理由などない。獅子は獅子であるがゆえに強いのだ。
英雄もそれと同じだ。ナジャの何倍も早く動き、強い力を持つユニスに剣の技など必要ない。鉄の塊を思うままに振るえば、それが必殺の一撃だ。
あたしも、そう思ってたんだけどね
飾らず遜らず、ユニスはまっすぐに言葉を紡ぐ。
今回、駄目だったんだ。エレン達が来てくれなきゃ、Olを守りきれなかった。あたしはもっともっと強くならなきゃいけない
悔しそうに、少女は拳を握りしめた。
ああ、なんだ、と、ナジャは心中で呟く。
だから、お願い。あたしに剣を教えて、ナジャさん!
上を目指す気持ちは、英雄も只人も全く変わらないのだ。
分かりました。ですが一つ、条件があります
うん、なんでも言って
真摯な表情で頷く少女は、恐らくあっという間に技術でもナジャを抜いていってしまうだろう。だが、それはそれで悪くないとも思えた。自分が師から教わった技を、英雄が受け継ぐ。剣士としてこれ程の誉れは他にない。
ナジャさん、というのは座りが悪いので、ただナジャと呼んで下さい
わかった、よろしくね、ナジャ!
晴れやかな気持ちで、ナジャはユニスの差し出した手を握り返した。
6.夢魔とエルフと獣の王
では、今日はよろしくおねがいしますね、リルさん、ベティさん
はいはーい、お任せあれー
ペコリと頭を下げるミオに、エレンの部下の一人、ベティはぐっと拳を掲げて見せた。
ミオは真面目ねえ
リルがこうして彼女に付き合って迷宮の浅い層まで遠征するのは、そう珍しいことではない。月に一度か二度は行っていることだった。メンバーはミオとリル、ミオが世話をしているヘルハウンド二頭と、エレンか彼女の部下から一人、というのがいつものパターンだ。
いえ、私の為にご面倒をかけるんですから
わたしの仕事でもあるんだから気にしないでいい、って言ってるのに
そんなやりとりももはや恒例の事だった。
さ、それじゃあ行きましょー!
弓を掲げるベティに倣い、ミオとリルはおーと拳を掲げた。
Olの迷宮は、現在四つの階層にわかれている。そのうち下半分はOlが完全に支配しているが、上半分は野生のモンスター達が棲むに任せている。
彼女達が目指すのは、第二階層だ。Olの支配下にない魔物達が多数存在している上、冒険者達も入り込んでくる場所である。ミオ一人では危険という事で、リルとエレン達が護衛を務めているのだ。
リルはそれほど強いわけではないが、ヘルハウンドを含めて過半数が悪魔であれば野生の魔物はまず襲ってこない。悪魔は餌にならず、そのくせ危険な存在だ。自分の生存を何よりも優先する野生の生き物は、本能的に近寄ってこない。
そうでないのは冒険者だが、第二階層をうろつく程度の冒険者なら大抵ヘルハウンドが二頭もいれば何とかなる。たまに強敵がいないわけではないが、そんな相手でもエレンかその部下が一人いれば何の問題もなく撃退出来た。偶然出会ってしまった冒険者達は不運としか言いようがないが、逃げるなら追撃はしない事にしている。
げぇっ、獣の魔王(ビーストロード)だ!
逃げろ!
今日もばったりと出会ってしまった冒険者達が、ミオの顔を見るなり血相を変えて逃げ出していく。何組もの冒険者を返り討ちにするうちにすっかり顔が売れてしまったらしい。
付いたあだ名がビーストロード。不確定名は金髪の三つ編みである。
ちょっと、傷つきますよね
えー、いいじゃないですかー。格好いいですよ、ビーストロード。ボクもエレン様やミオさんみたいな二つ名で呼ばれたいなあ
額をダンジョンの壁に押し当てながら肩を落とすミオに対して、ベティは脳天気に笑った。
もうそろそろ目的地よ、気をつけてね
和やかなムードに、リルは釘を刺す。
彼女がついてきているのは魔物よけだけではなく、道案内のためでもある。
定期的に迷宮内を巡回する彼女は誰よりも迷宮の構造に熟知しているのだ。
どの辺りにどんな魔物がいるか、といった細かい情報であれば迷宮の主であるOlよりも細かく把握している。
いた、あれよ
そこは、地上から直接縦穴で繋がっている場所だった。縦穴は急ではあるが斜面になっていて、第二階層まで陽の光が差し込んでいる。この斜面から魔獣達は迷宮に入ってくるのだ。
そしてそこに生えそろっている草を喰んでいる魔獣が、今回の目的だった。
うわぁ思ったよりおっきいですね
ベティが思わず声を漏らす。
その魔獣は、動物に例えるなら牛に似ていた。
蹄の生えた四本の太い足、太い首に支えられた巨大な頭からは、鋭い角が二本生えている。だがその大きさは牡牛の更に数倍はあり、重さであるなら数十倍はあると思われた。何故なら、その皮膚は全て分厚い鋼鉄で出来ているからだ。
ゴルゴンって言うんだってさ、あれ。ミオ、いけそう?
頑張ってみます
ミオはきりりと眉を引き締め、頷く。
ゆっくりと近づいていく彼女の背丈は、ゴルゴンの膝よりも低い。
こんにちは。ちょっと話があるんだけど
ミオが声をかけると、ゴルゴンはのっそりとその首を回して彼女を見つめた。間近で見上げると、まるで山のような威圧感だ。
え、嘘、何で
驚きに目を見開き、呆然と立ち竦むミオの身体をベティが抱える。
彼女に向かって、ゴルゴンは轟音を立てながら突き進んだ。
話が通じないタイプみたいですね~
ギリギリで突進をかわしながら、ベティはミオを下ろして弓を構える。
待ってください!
ミオの制止よりも早く、神速で射られた矢がゴルゴンにむかって飛びそして、弾かれた。
うわっ、硬ぁ!
流石のベティも、これには驚く。
Olから与えられた強弓で放つ弓を弾く生き物がいるとは思わなかった。
どうする、逃げる?
パタパタと翼を羽ばたかせながら、リルが上空から声をかける。
いいえ説得してみます
ミオはベティの背から離れて前に一歩踏み出し、ヘルハウンド達も下げさせる。
そして、威嚇するように前足で地面を掻くゴルゴンにゆっくりと近づいた。
大丈夫
ゴルゴンの鼻から漏れる灰色の吐息がかかるほどの距離まで、ミオは歩を進める。
伸ばした手の指先から吐息と同じ灰色に染まり、ピシピシと音を立てて石化していった。
ミオさんっ
流石に助けようと駆け寄るベティの動きが、ミオの言葉でぴたりと止まる。
大声でも怒声でもない、ミオの静かなその声に、何故か抗えない。
怯えないで。私達は、あなたを傷つけたりなんかしない
半分以上石になった口をなんとか動かして、ミオはじっとゴルゴンの目を見つめた。
友達になりたいだけなの
ゴルゴンもまた、赤く光る瞳で彼女の目を見つめ返す。
いつの間にかその口から漏れる灰色の吐息は消え、ゴルゴンはゆっくりとミオに近づく。そして不意に、紫色の長い舌を伸ばしてミオの顔をべろりと舐めた。
ありがとう
石化した顔をべろべろと舐められ、ミオは笑い声を漏らす。
えーと、もう、大丈夫なんですか?
和やかでありながら異様なその光景に、恐る恐るベティが問うた。
あ、はい、大丈夫です。この子は怖がってただけみたいなので
怖がってた、って
黒アールヴの弓を正面から受けてもびくともせず、近寄るものを皆石に変え、岩をも砕く突進をする生き物が、一体何を怖がる必要があるのか。
リルは呆れつつも、ミオのそばに降り立った。
で、いつまで石になってんの
それなんですけどー
ミオは石化していない側の顔だけで器用に困った表情を浮かべる。
この子、石にするのは出来るんですけど、元に戻すのは出来ないみたいで
困りました、と呟くミオに、リルは大きくため息をついた。
ミオってなんていうか、大物だと思うわベティ、治してあげて
えっ、ボク、石化解除なんて使えないですよ。リルさんは
悪魔が回復魔術なんて使えるわけ無いでしょ
思わず無言で、リルとベティは見つめ合う。
えっ、私、もしかしてずっとこのままなんですか?どうしよう、皆の世話もあるのに
いや、自分の心配をしなさいよ
心底弱り果てたミオの言葉に、リルとベティは思わず笑いあった。
なお、ミオの石化を治療してもらった後、リル達は三人揃ってこってりとOlに絞られることになるが、それはまた別の話だ。
5.白と黒の妖精姫
主殿、主殿ぉっ!
あぁぁぁあっ、Ol様、もっと、もっとぉっ
二つの声色が、Olの寝室に響いていた。
すらりとした長身を四つん這いにし、後ろから突かれて褐色の乳房を揺らすエレン。
小柄な身体を更に縮こまらせて、ささやかな胸を隠すように腕を畳み、大きく脚を開いてOlを受け入れるShal。
Shalとエレン。肌の色も体格も正反対の二人が、その肢体を絡ませ合いながら、Olの寵愛を受けていた。
あ、あ、あ、だめ、イく、イっちゃう、イっちゃうぅ!
いい、いいのぉっ!あたしも、あたしもイっちゃうぅっ!