亜人達の街になっている第三階層に着くやいなや、リルはドヴェルグ達に声をかけられる。
今日は魔術師さんは一緒じゃないのか?
それがちょっと聞いてよ、Olったらわたしをほったらかしにして仕事ばっかりでさあ、まあ、遊んでるわけじゃないんだから仕方ないんだけど
そいつはいけねえなあ
リルお姉ちゃん、可哀想
ドヴェルグ相手にOlの愚痴を零していると、いつの間にやら小人だの巨人だの妖精だのが集まってきて、リルが可哀想だの、いや仕事なんだから仕方ないだのと好きなことを言い始める。
ま、帰ってきた時にはちゃーんと可愛がってくれるからいいんだけどねー
なんだよ、惚気かよ
そんな事で忠誠心を下げられても困るので、愚痴の最後は惚気けて終わるのがいつもの事だ。
まあ、旦那がいなくて寂しいんだろうけど、頑張りなよ
そういう事を何度も繰り返しているうちに、すっかりリルはOlの妻だという認識を持たれていた。リルとしてもそれは不快ではないので訂正していないせいもあるのだが。
久しぶりだからか、大盤振る舞いね
酒に木の実、採れたての果物や干し肉。何かとお裾分けされるのはいつもの事だが、今日は殊更に多い。
貰ってもわたし、食べられないんだけどなあ
そうぼやきつつも、背嚢に入れて背負うとずしりとした重さが伝わってきた。
持って帰ればユニスやOlが代わりに処分してくれる。その感想を伝えると、更に喜んで押し付けてくるという繰り返しだった。
でもまあ、関係が良好なのはいいことだよね
こうして亜人達と話して回るのは、反乱の芽がないか、亜人同士で不和がないか調べるためでもある。そういう意味では成果は上々といえる、とリルは前向きに捉えて、重い荷物を背負った。
さて、次は第二階層かぁ
リルは気合を入れ直し、表情をきりりと張り詰めさせる。第三階層まで冒険者が侵入してくることはまずないが、第二階層からはそうではない。ミオ達と向かう時と違って、リル一人では気をつけておかないと殺されてしまうこともあるのだ。
第二階層と第三階層の間には亡霊騎士(デュラハン)がいてリルといえども通れないので、専用の転移魔法陣を使って行き来する。登録されたものだけが行き来できる仕組みだ。
第二階層にいるのは、魔獣や高位の妖魔達そして、それを倒すことが出来る実力を持った冒険者達である。第一階層に比べて冒険者の数は格段に少ないが、危険度は比べ物にならなかった。
おっとこっちはまずいかな
とはいっても、瘴気にまみれロクに灯りもない迷宮の中では、冒険者達とリルとでは感知能力には雲泥の差がある。片や灯りをつけながら金属鎧をガチャガチャ鳴らして集団で歩き、片や暗闇の中を音もなく飛んでいるのだ。冒険者の方が先にリルに気付く可能性はほとんどなく、先に気づけば戦闘を避けるのはたやすい。
って、ヤバ!挟まれた!?
こんな事でも、なければ。
一本道の通路で、前後から二組の冒険者が近づいてきている。どちらもまだリルには気づいていないが、このまま進めば否が応でもかち合ってしまう。
ううー、仕方ない。取られませんように!
リルはなるべく見つからないように荷物のぎっしり入った背嚢を通路の隅に置くと、両手を広げて身体を反らす。するとその身が指先からボロボロと崩れたかと思えば、コウモリの群れになって羽ばたいた。
こうしてコウモリになるとただでさえ乏しい戦闘能力がほぼゼロになるが、それ故に冒険者達に発見されても戦闘になることはない。リルはそのまま天井にぶら下がって、冒険者達がやってくるのを待った。
おっと
しばらくすると、丁度リルの真下で冒険者達が遭遇しあう。二つのパーティは剣を抜いたまま、互いに警戒しているようだった。
こちらに、敵対する意図はない
やがて片方のパーティのリーダーらしき金髪の男が、そう言った。
こっちとしてもこんな深層で争いたくはないな
もう片方の黒髪の男がそう言って、ふっと緊張が緩む。
その瞬間、黒髪パーティの魔術師が火炎球を放った。反射的に金髪パーティの僧侶が障壁を張って防ぐが、金髪側の盗賊が耐え切れずに倒れる。
迷宮内で油断する方が悪いのさ!
途端に戦闘が始まった。剣戟の音が鳴り響き、炎や矢が飛び交う。
(やめて!やめて!瓶が割れちゃう!)
そんな争いの真っ只中で、リルは荷物の中の酒瓶が割れないか戦々恐々としていた。
自分では飲めないとはいえ、折角ドヴェルグ達が作ってくれた上物の酒だ。その他も全て、Olとリルが作ってきたこの迷宮の住人たちが作り、譲ってくれた品々。それはリルにとってかけがえの無い宝物だった。
金髪の剣士が黒髪の剣士を切り上げ、その身体が荷物に向かって吹っ飛ぶ。
ダメーッ!
リルは思わず実体化して、荷物を抱きかかえるようにして庇った。
二つのパーティの生き残り達は、攻撃の手を止めて突如現れた女悪魔に視線を向ける。
こいつがこいつが操ってたんだ!
不意を打ったものの、実力で押されリーダーを討たれた黒髪側のパーティが、リルを指さして言う。
そういうことか!
金髪の剣士はリルに剣を向け、斬りかかった。
嘘でしょっ!
荷物を抱えながら、リルは身を竦ませる。
だが、ぎゅっと目を閉じながら覚悟した身を切られる感覚は、いつまで経ってもやって来なかった。
やはり、リル殿か
代わりに聞こえてきたのは、覚えのある軽やかな声色。
こんなところで何をやっておられるのだ?
エレン率いる黒アールヴの一団が、弓を持ってリルを見下ろしていた。
なるほど。それは丁度良かった
リルから事情を聞いて、エレンは呵呵と笑う。
今我々も、迷宮の外で獲物を狩ってきたところなのだ
振り返り見れば、四人の手下達はそれぞれに鹿や猪といった獲物を担いでいる。腕の細さは自分と大差ないのに、どこからあんな力が出るのだろうか、とリルは訝しむ。
主殿が戻ってくる日のために、これで祝宴の準備でもしようではないか
それ、いいわね!
エレンの提案に、リルは表情を輝かせた。
意外と、Olは食通なのだ。仕事で疲れて帰ってきた夫を料理で持て成すのも妻の仕事。そんな風に考えたら、思わず笑みが溢れだした。
あのー、すみません、水を差すようで悪いんですけど
そんな中、エレンの手下の一人、ベティがこっそりと手を挙げる。
誰が料理するんですか?
エレンとリルの表情が、同時に固まった。
それはその、リル殿?
黒の氏族の長たるエレンは、自分で料理などしたことがない。
いや、無理無理無理、わたしは無理!
人間の食事も出来ないリルに、料理など出来るわけもなく。
ルーアに頼もうか
結局、料理が得意な侍女に頼る他、ないのだった。
0.魔王を取り巻く娘達
お帰りなさい、ご主人様ーっ!
転移の術で迷宮に戻ったOlが最初に目にしたものは、文字通り飛びついてくるリルの姿だった。彼女はぎゅっとOlに抱きつくと、そのまま胸に顔を埋めるようにしてしがみつく。
Olはその脳天に、容赦なく拳骨を打ち込んだ。
いったぁーい!なにすんの!?
それはこっちの台詞だ。転移するなり素性も確かめず結界を解く奴があるか。俺が敵を連れてきていたり、偽物だったりしたらどうする
Olを偽物と見間違えたりなんかしないもん
涙目で頭に両手を当てながら、はっきりと言い放つリルに、Olは言葉を失う。
あたしも帰ってきてるんだけど?
何とは無しに見つめ合う二人の邪魔をするように、ユニスはごほんと咳払いをした。
ユニスー!お帰りー!
ただいまー!リルー!
途端、抱き着いてくるリルをユニスはぎゅっと抱き返す。
何だこの茶番は
混ざる?
誰が混ざるかっ
片腕を離してスペースを空けるリルとユニスに、Olは吐き捨てるように叫んだ。
照れる事ないのにねーなどとぼやきあう二人を尻目に、スピナが慇懃に頭を下げる。
留守中、代わりはなかったか?
はい。何の問題もありませんでした
実直に報告するスピナに、Olは満足気に頷く。
見ろ、お前達と違ってスピナは真面目にやっておるだろうが
Olがユニス達の方に視線を向けるのと同時に、スピナは両腕を広げる。
ん?どうかしたか?
いえ!何でもないです!
素早く両腕を戻すスピナを、リルとユニスはニヤニヤしながら見つめた。
あら、帰ってきたの
Ol様!お帰りなさい!
お帰りなさいませ、Ol様
会議室へ赴いたOl達を出迎えたのは、冒険者三人娘の面々だった。
ああ。お前達は例の兵棋演習をしているのか
以前ウィキアが考えだした改良型のチェス盤を挟んでウィキアとナジャが向かい合い、それを横からShalが眺めている。
なるほど、駒落ち戦で、ナジャの方がやや優勢と言ったところだな
盤の上に乗った駒と横に避けられている駒をちらりと一瞥し、Olは粗方の状況を掴んだ。
流石はOl様。ご明察です
一瞥しただけでそこまでわかるのも気持ち悪いわね
素直に賞賛するナジャに対し、ウィキアが毒づく。
悪いが、少し部屋を借りるぞ
申し訳ありません、今すぐ片付けます
いや、構わん。すぐに済む
椅子に座る主人を見て立ち上がるナジャを、Olは手で制する。
では現状の報告を
そしてリルにそう促しかけたところで、その視線は下に向けられた。
何をしておる
怒りとも呆れともつかない何かを堪える声色で、Olは自分のズボンを下げようとしているShalに問うた。
はいっ、座っている間、Ol様のおちんぽをお慰めしようとしています!
つまみ出せ
ハキハキと答えるShalを、ナジャがズルズルと引きずっていった。
壁についた手の平が、微かにその震えを感じ取る。
確かにその存在のこと自体は、聞き及んでいた。
あ、Ol様、こんにちは!お帰りなさい、です
ドスドスという音とともに近づいてくるたびに、Olの首は上を向いていく。
どうなさいましたー?
いや
殆ど真上を向く形でゴルゴンに乗ったミオを見上げ、流石にOlは言葉を失った。
暴れだしたりは、しないんだろうな?
流石にこの魔獣に居住区の内部から暴れられては相当な被害が出そうだ。
はい。ジョーはとっても大人しい良い子ですから
ジョー
思わずOlが反芻すると、自分の名を呼ばれたのかと思ったゴルゴンがゴフっと鳴いて、灰色の煙が鼻から吹き出す。
わぷっ
ゴルゴンをしげしげと見つめていたユニスが慌てて後退るが、その前髪がパキパキと音を立てて石化した。
何をやっている
Olが呪文を唱えながらぐしゃぐしゃと撫でると、灰に染まったユニスの髪に色が戻る。
えへへ、ごめーん
油断しすぎだ、馬鹿者
Olが苦笑を浮かべていると、隣ですとんと軽い音がした。
そちらに視線を向けると、丁度ゴルゴンの口を両手で押さえ、その息で前髪だけを石化させようとしているミオとばっちり目があった。
え、えと
何か言いたげにもじもじしながら心持ち頭を下げて差し出すミオ。
Olは目を閉じ、嘆息したあと、無言で彼女の頭を撫でてやった。
え、へへ
恥ずかしげに、しかし嬉しそうにはにかむミオの隣で、リルが頭をすっと差し出す。
よし、行くぞ
うん。そろそろご飯の時間かな
既に侍女に手配は済んでおります
あ、私この子を畜舎に帰してきますので、先に行っててください
目を閉じたまま頭を垂れるリルを捨て置き、Ol達はすたすたと食堂へ向かう。
あれー?おかしいなあれー?
ふわふわと浮きながら角を見せつけるように頭を向けるリルを、食堂までOlは無視したまま歩き続けた。
そんな、頭くらい、撫でて、くれたって
わかったから、そんなことくらいで悪魔が本気で泣くな
食堂についたところでとうとう根負けし、ボロボロと涙を流すリルの頭を乱雑に撫でてやると、彼女はあっという間にピタリと涙を止めて笑顔を浮かべた。
やったー!
清々しいほどの嘘泣きだな
ガシガシと撫でる指に力を込めながら、Olは呻くように言った。
あれあれ?ご主人様?ちょっとそれ痛い痛い痛いイタタタ!
忠実な使い魔は労ってやらんとな
肉体強化の魔力を込めてぐりぐりとリルの頭を締め付けていると、軽やかな笑い声が響いた。
おっと失敬。相変わらずだな、主殿達は
口元を手で隠しつつも笑んだ瞳で、エレンはOl達を見やる。
留守中、面倒をかけただろう
そんなことはない。リル殿は立派に主殿の代役を務めていたぞ
お前がそういうのなら、許してやるか
エレンの言葉を立てるように、Olはリルから指を放してやった。
せっかくOlのためにご馳走たくさん用意したのに~
リルは今度は割りと本気の涙目で、こめかみを抑えながらぼやく。
ご馳走?お前が作ったのか?
えっと、そういうわけじゃないんだけど